00.ミス・チラリズム
始まり。って言うか誰よ、そんな変なあだ名つけるのは。
(06.07.06)


01.触れたい、君に・・・
片思い? そんな可愛らしい言葉で片付けばいいのですが。
(08.11.24)


02.暴発注意・・・
大嫌い。言わせたのは向こうなんだから。
(08.11.24)


03.転職するなら・・・
試してやれ。ん、別に俺はお前を陥れようとか思ってないぞ?
(08.11.24)


04.ブウサギ・・・
嘘つき! 仲間がピンチだ、みんな、行くぞ! ぶーぶーぶー!
(08.11.25)


05.罪よりも愛を・・・
出よう。君がそれを望むなら、俺は叶えるだけだから。
(08.11.25)


06.甘い殺意・・・
迂闊。だってそんな、思いもしなかったもの。
(08.12.11)


07.回避不可能・・・
もう決めた。権力は正しく使わなきゃな。
(08.12.13)


08.悟った先には・・・
ありかもしんない。どうせなら、パーっとね。
(08.12.15)


09.卑怯・・・
不器用。その言葉ほどあなたに似合わないものはないです。
(08.12.21)


10.君を連れて・・・
あたしを。愛はいろんな形をしていて、一目ではわからない。
(08.12.24)


Last.あなたがいるから・・・
ほどとおい。でも、こういうのって努力するものなの?
(08.12.24)



触れたい、君に



「アエラさん、ちょっと」
 呼ばれれば、
「はぁい」
 パタパタと駆けて行く。
 男ばかりでむさ苦しい、マルクト帝国軍本部。
 そこに咲いた、一輪の可憐な花・・・という表現は多分、本人には「大げさですよ。誇大広告って奴です」と一蹴されてしまうのだろうが。
 それでも、日常的にそういうものを目にすることのない軍人たちは、彼女を臆面もなく“可憐な花”などと呼びたくなってしまうのだ。
 まして、その花が。
 決して侵されることのない、マルクト軍最強の“庭”に咲いているのなら尚のことで。







 軍本部内、ジェイド・カーティス大佐の執務室。
 ジェイドに頼まれた資料を書庫から運んできて、アエラはそれらを彼の机の上に置いた。
 どさり、と。とても重量感のある効果音が響く。
「カーティス大佐、これで全部ですよ。さ、とっとと仕事やっつけちゃってください」
 彼女が戻るのを、のんびり座って待っていたジェイドは。
 ちら、とその資料の山を見てから、
「随分早かったのですね、アエラ。これだけの量を一度に運んだのですか?」
「はい。書庫にいた司書官さんがとってもいい方で、ここまで運ぶのを手伝ってくださいました。大佐の仕事効率を下げてはいけませんから」
 素直に吐露する裏側を聞きながら。ジェイドは、ふむ、と呟いて。
「その司書官、あなたに何かねだりませんでした?」
 相変わらず、椅子にふんぞり返ったままで問いかける。
 アエラは、
「エー? 得には。ランチご馳走してくれるって言ってたけど、それはねだられたわけじゃないし・・・あたし、ご馳走してもらうんだから」
 なんにもないですよ、と。
 結局すべてを言ってしまったのだということには、アエラ自身気付いていない。
 ジェイドは、どこか仕方なげに小さく笑って、眼鏡のフレームを押し上げる。
「ランチは私と、ですよ。アエラ」
「は? 約束してました?」
「今しました。私は大佐ですから、それより上の階級の方とでない限りはすべてお断りしてください」
「・・・意味がわかりません、大佐」
「アエラは私を最優先に。そういうことですよ」
 さらりと軽く、普段どおりの口調で言われて。
「・・・・・・・・・・・・では、司書官さんとのお約束は断ってきます」
 なんだかわからないが、何か理由があるのかもしれない。
 アエラはそう思って、断るなら早いほうがいいだろうと踵を返して部屋を出ようとする。
 そんな彼女を。
「お待ちなさい、アエラ。今、少し気になることを言いましたね?」
 椅子の背もたれから身を起こし、ジェイドは今度は少し前かがみになって。デスクの端に肘をつき、両手の指を組む。
「はい?」
 歩みを止め、振り返るアエラ。
「司書官との約束は断る、と。では、他にも誰かと?」
 問いかけに。
「はい、ピオニー陛下が、今夜食事を一緒にと。えぇと・・・昨日でしたか、お約束をいただきましたが。本当は昨日、仕事上がりにと言われたのですが、昨日は先約があったので今日ということになりました」
 根が余程素直なのだろう。
 アエラから情報を引き出すのはとても簡単だ。
 単純な・・・そう思いながら。けれどジェイドは、アエラが教えてくれた“お約束”にピクリと眉を上げた。
「ピオニー陛下が?」
「えぇ」
 皇帝陛下より上の位、それは探すのも大変だ。
 当然、大佐では足元にも及ばない。まぁジェイドなら皇帝の友人ということもあり、足元ぐらいには及ぶかもしれないが。
「宮殿の夕食にお招きいただけるなんて、このお仕事もまんざらでもないですねぇ」
 アエラはもう、すっかり行く気だ。
 とにかく司書官の方を断ってきます、と言って部屋から出て行く。
 その背を送って。
 ジェイドは、小さく溜息をついた。

「・・・趣味が似てたら嫌ですねぇ」

 デスクに積み上げられた資料を手に取る。
 何が何でも、定時までに終わらせなくてはならなくなった。





 夕刻、グランコクマ宮殿。
 仕事上がりにそのままでいいから、というピオニーの言葉に甘えて、アエラは着替えもせずに宮殿にやってきた。
「お疲れ様です」
 宮殿の各所を警備する兵士たちに挨拶をする。いつの間にか、アエラが向こうを知らなくても向こうはアエラを知っているという状況だったので、なるべく見かけた者全員に挨拶をするように心がけていた。
 兵士たちの間でアエラが人気を博するのは、そんな些細なことも原因らしい。
「本日は、陛下は私室でお食事をとられるということですので。アエラさんは、陛下のお部屋へ行ってください」
「えっ、そうなんですか? わかりました」
 兵士に伝えられたことを頭に入れて、アエラは皇帝陛下の私室へと向かう。
 ドア前で立っている兵士に挨拶をすると、どうぞ、と言われた。
 閉じたドアをノックする。
「陛下、アエラです」
 すると、ややあってから内側から扉が開いて、陛下付きの使用人が顔を出した。
「陛下は奥の部屋におられます。入っていいそうですから」
「あっ、はい。ありがとうございます」
 招かれて。
 おじゃましまーす、とアエラは中へ入った。


 食事の支度が進んでいる。数人の使用人が、場を整えていた。
 邪魔をしないようにと軽い挨拶だけで済ませて、アエラは奥の部屋へといった。
 ドアをノックすると、向こうからピオニーの声がして。
 入って来い、と言うので、ドアを開けた。
「失礼し・・・」
 ぷぎーーーーーーーーー!!
「はっ?!」
 突進してくる何か。
 それは、アエラの目の前でぴょんと飛ぶと、そのままアエラの胸へとダイブした。
 どふっ、と。
 鈍くそして重い音。
「く・・・っ、ふぅ・・・」
 痛みを堪えて、けれどその飛び掛ってきたものの重みでバランスを崩して。
 後ろへ向かって倒れたアエラの。
 ・・・その向きがあまりに悪かったのだろう。
 近くにあった家具の角に、思い切り後頭部をぶつけた。
 がすっ★
 そんな音がして。
「きゃあ、アエラさんっ?!」
 作業中だった使用人が悲鳴を上げた。
 床に転がったアエラは、かっくりと気を失ってしまっている。
「アエラ?!」
 予期せぬ事態に、さすがのピオニーも部屋から出てきた。
 ドア口。倒れたアエラの腹の上では。
 一匹のブウサギが、満足そうに懐いていた。





 『いっそのこと、明日の食卓にでも上げましょう、そのブウサギ』

 そんな声が聞こえて、アエラの意識は浮上した。
 薄ぼんやりとした中。
 やたらふかふかしたところにいるなぁだとか、なんかちょっといい匂いがするなぁだとか。

 『なんてこと言いやがる、仮にもおまえと同じ名前だぞ』

 抗議の声と、ぷぎぷぎ言ってる鳴き声と。
 自分の部屋にしては環境が違うなぁ、と思いつつ。
 ゆっくりと、アエラは瞼を上げた。
「------あれっ」
 第一声は、ひどく間の抜けたものだった。
「おー、気がついたかアエラ」
「気がついたか、じゃありません。陛下。・・・アエラ」
 アエラは、とても豪華な寝台の上にいた。
 体を起こそうとすると、後頭部にズキリと痛みが走る。
「いっ・・・た」
「ひどく痛みますか? こぶにはなっていましたが、出血はないようでしたので医師には診せていませんが・・・どうです、気分が悪いなどは?」
 何とか体を起こしたアエラに、質問をかけてくるのは。
「あ・・・れ、大佐?」
 いつものポーカーフェイスの中に、僅か程度に心配の色を見せている、ジェイドだった。
「記憶が飛んだりはしていないようですね」
「おいおいジェイド、いくらなんでもそれはないだろう」
「頭部への衝撃は、あまり侮らないほうがいいのですよ、陛下」
 アエラは、そろそろと自分の手で後頭部を触ってみた。
 はっきりと、こぶができている。
「わぁ・・・何年ぶりだろ、こんなでかいの」
「アエラ、どうですか? ちゃんと答えてください、場合によってはこのまま即医療機関に」
「あはは、大佐ったら。平気ですよ、このぐらいのこぶなら問題ありません」
 痛がりながらも笑ってみせる彼女に、ジェイドは不本意そうにしながらも、そうですか、と呟く。
「子供の頃からこんなのしょっちゅうです。親父に投げられたりとか」
 少々過激な子供時代で免疫アリだから、と。そういう問題ではないと言われそうだと思いつつもアエラは。
「それより、あたしはなんでこんなことに?」
「陛下のブウサギがあなたに突進したのです。それを喰らって、あなたは倒れて・・・」
 そういえば、まだ胸の辺りが痛い。
「二段階の攻撃かー。やりますね、陛下」
 ジェイドの向こう側。
 床に座り込んで愛しのブウサギたちを愛でているピオニーを見る。
「別に、俺がけしかけたわけじゃないぜ? “ジェイド”の奴が、アエラの声を聞くなり飛び出してったんだから」
 なー、と。手元のブウサギ“ジェイド”を見る。
 人間のほうのジェイドは、渋い顔で眼鏡を押し上げ、
「つまらない調教をしているのではないでしょうね、陛下?」
「するか、そんなこと。“ジェイド”はアエラが大好きなんだよ。なー?」
 ブウサギ“ジェイド”は、ぷぎ? と首を傾げたあと。ピオニーの手元を離れて、寝台のほうへと歩いていく。ぴょん、と飛んで、アエラの膝元へ。
 アエラは、どこか呆れたようにしつつも手を伸ばし、
「動物に好かれることは別に嫌じゃないですけど、まず、名前からしてビミョーだなぁ」
 “ジェイド”を撫でながら。
「ビミョーだそうだぞ、ジェイド」
「そのビミョーな名前をこのブウサギにつけたのは陛下ですよ」
 アエラに撫でられて、ご満悦な様子の“ジェイド”を。睨むように見る、ジェイド。
「ブウサギにやきもちか?」
 こそ、と小声で。ピオニーは、ニヤニヤ笑いながら言う。
「誰が、そんな次元の低い」
 やはり小声で言い返した後。
 ジェイドは、寝台の上のブウサギを掴みあげると、
「アエラ、あなたに怪我をさせたのはコイツです。可愛がってる場合ではない」
 ぽいっ、と。ブウサギ“ジェイド”を床に放った。
「大佐、その子に悪気があったわけじゃないのにっ」
「ペットを甘やかすのは感心しません。しつけはしっかりするべきです」
「同じ名前なのに、厳しいですねぇ」
「好きで同じ名前ではありません」
 何か妙に機嫌が悪いジェイドを見上げて、アエラは困ったように肩を竦めた。
 ピオニーは、邪険にされている“ジェイド”を抱き上げ、
 『やっぱり妬いてるんじゃないか』
 そう呟いて苦笑した。









「ご飯は美味しかったですけどー、なんかプラマイゼロな気分です」
 宮殿から、アエラの住む下宿がある城下まで、念のためにとジェイドがついてきてくれた。
 ピオニーは馬車でも出すかと言ったのだが、アエラ自身がそれを断った。大した距離じゃないし、と。
 それで結局、夜の歩道を二人で歩くことになったのだが。
「本当に大丈夫ですか、アエラ? これで、明日出勤できないなどと言われても、あなたの代わりはすぐには用意できないのですけどね」
「あぁ、全然平気です。帰ったらお風呂入ってとっとと寝ますから」
「そういう問題ではなくて」
「どうしたんですか、今日の大佐は随分心配性ですね。ほんとに大丈夫ですよ、見た目以上に頑丈ですから。痛いのは痛いですけど」
「やはり医師の診断を」
「だいじょぶですよぅ。上司として後々なんかあったら面倒だってのはわかりますけど」
 ここです、と。一軒のアパートの前で、アエラは立ち止まる。
「大体、この程度でどうにかなっても怒られるのはあたしのほうで大佐じゃないですから。うちの親父ときたらもう、・・・・・・・」
 言葉は、最後までは紡がれなかった。
 アエラの口は、暖かな壁に押し付けられて閉ざされた。
「た・・・いさ?」
 何が起こったのかわからず、ただ立ち尽くす。
 アエラは、いつも以上に強く香る香りに距離の近さを把握し。それから、自分の背に回って体を締め付ける、腕の存在に気がついた。
 外灯に、ほのかに照らされた場で。
 それは多分、ありえない光景。
「あ、あの、大佐・・・」
「失礼。ちょっと今、見られたくない顔をしていると思うので」
「は、はぁ。それでこんな体勢ですか?」
「えぇ。これなら、見えないでしょうから」
「それはそうですが、第三者が見たら大誤解大会が開催されます」
「スキャンダルになるほどの有名人ではないでしょう」
「いやいやいや、大佐は有名人ですよ。こんなところで、小娘を抱きしめちゃってていい人ではないはず」
 そんなやり取りの間。それだけ時間をかけて、ようやくアエラの脳に現状把握が浸透した。大分鈍いようだ。
 次第に体温が上がる。顔が、どころか頭の先までほてっているのが分かった。
「あの大佐、とりあえず離して貰えないと、あたしは逆にぶっ倒れそうなんですけど」
「別に構いませんよ。気を失ったなら、このままあなたを連れ帰るだけのことで」
 うわぁ。
 アエラは渾身の力でジェイドを突き飛ばした。
 もちろん、アエラが全力でぶつかろうが、本来ならばジェイドはびくともしないのだろうが。この場合は、無理強いをするつもりもないのですんなりと距離が開く。
「せっ、せっ、せくはらデスカ!?」
 とうとう来たか、社会の定番。
 アエラは突然の状況に目を回しながら、断固抵抗する方向でかろうじて上司を睨んでいる。
 けれど。ジェイドはその視線を受け止めず、くるっと踵を返して、
「セクハラ扱いは傷付きますねぇ。ま、半分は本気ですけど、半分は冗談ですから。私はここで帰りますよ。おやすみなさい、アエラ」
 そのまま、来た道を引き返して行ってしまった。
「ほ・・・・・・・ほへ?」
 歩いていく背中、ひらひらと手を振って。けれども、一度もこちらを振り返らない。
 アパートの入り口前。アエラは突っ立ってそれを見送って。
 半分本気で半分冗談、とは言ってはいたが。どっちの比重が重かったのかなどアエラにはわかるはずもなく。
「う、うぬぅ、さすがはネクロマンサー・ジェイド・・・あなどりがたし」
 などという、わけのわからない言葉が出たのは、もうとっくに彼の姿が見えなくなった頃だった。






 まだ、もう少し仕事が残っているから。
 ジェイドは軍本部にある執務室に戻り、書類を開いていた。
 しかし、手は止まっている。
「・・・我ながら、情けないにも程があるな」
 ペンを持つ気にもならない。
 手の平が覚えた、彼女の背中の感触を忘れたくないからだ。
 思っていた以上に華奢で、けれどもなよやかではない。
 下町で健やかに育った娘、という印象を裏切らない。
「しかしまさか、顔も見せられないほど動揺してしまうとはね。この私が」
 自嘲。
 どこの純朴青年だ、と野次る。
 だが、生来のものなのか意地悪な自分がこそりと耳打ちしてきたのも事実。
 『セクハラスレスレでからかい半分していれば、いくらでも接触は可能なのでは』
 実際、ちょっと抱きしめられただけで慌てふためいたアエラはとても可愛らしくて。
 そして、面白かったのだ。


 ジェイドはくすりと笑うと、結局仕事にならない現状を放り出して椅子から立ち上がった。