00.ミス・チラリズム
始まり。って言うか誰よ、そんな変なあだ名つけるのは。
(06.07.06)


01.触れたい、君に
片思い? そんな可愛らしい言葉で片付けばいいのですが。
(08.11.24)


02.暴発注意
大嫌い。言わせたのは向こうなんだから。
(08.11.24)


03.転職するなら
試してやれ。ん、別に俺はお前を陥れようとか思ってないぞ?
(08.11.24)


04.ブウサギ
嘘つき! 仲間がピンチだ、みんな、行くぞ! ぶーぶーぶー!
(08.11.25)


05.罪よりも愛を
出よう。君がそれを望むなら、俺は叶えるだけだから。
(08.11.25)


06.甘い殺意
迂闊。だってそんな、思いもしなかったもの。
(08.12.11)


07.回避不可能
もう決めた。権力は正しく使わなきゃな。
(08.12.13)


08.悟った先には
ありかもしんない。どうせなら、パーっとね。
(08.12.15)


09.卑怯
不器用。その言葉ほどあなたに似合わないものはないです。
(08.12.21)


10.君を連れて
あたしを。愛はいろんな形をしていて、一目ではわからない。
(08.12.24)


Last.あなたがいるから
ほどとおい。でも、こういうのって努力するものなの?
(08.12.24)



回避不可能


「それは本当に、大佐ですか?」
 疑問符は、かなり怪訝そうな声音で放たれた。
 訪問はまったくの偶然で、向こうも驚いていたぐらいだ。
 公務で外に出たピオニーが宮殿に戻る直前、門の前で出会ったのは見覚えのあるツインテール。
 相変わらず、背中にぬいぐるみを背負っているアニス・タトリンは、休暇中の小旅行だと言った。
 そのまま宮殿に連れ込んで、上質のお茶とお菓子でもてなすと、彼女はやはり変わらない様子で大喜びしてくれた。
「見てみるとわかるがな。ジェイドは本当に、“ただの人”になってしまったようだ」
「えぇ〜信じられないですよぅ。あの大佐が? 年下の女の子にメロメロで? ちょっと見境なくなっちゃってるだなんて、そんなばかな」
 宮殿の中庭で、頭を抱えるアニス。
「お前たちとの旅で、色々変わったんだろうな、あいつも」
「それにしたって、ネクロマンサーとまで言われたあの大佐が」
「本人も、もしかしたらそういうあたりでうまく表現できないのかもな」
「あぁ、わかる気もする・・・」
 行きずりの相手なら、それこそ千人切りぐらいのキャリアがあるだろう。ジェイドは見た目も悪くなく、言い寄る女は少なくなかったはずだ。そしてそのなかから、あとくされのないものばかりを選んで渡り歩いたに違いない。
「それが、ゾッコン惚れてしまったわけですね、その年下の女の子に」
「アニスよりは上だがな。会ってみるか? 今はガイラルディアといるはずだ」
「え、ガイと?」
「護衛につけた。ガイラルディアなら、ジェイドが奇襲をかけてきても何とか出来るかと思って」
「・・・それはどうかなぁ・・・」
 ひょい、と。椅子から降りたアニスを、ピオニーは連れて行く。
 アエラの部屋へ。


 毒物混入事件から数日、物々しい警備体制の中ではあるが、特に何事もなく日々は過ぎていた。
 アエラもほぼ回復し、今は警戒しながらも宮殿の生活を送っている。
「あったかいご飯が食べたいです」
 苦笑しながら言った、それは本心だろう。聞きながら、ガイも苦笑した。
 数人の毒見係を経て届けられるアエラの食事はいつも冷めていて、それでも美味なものをと料理長は奮闘しているようだが、やはりアエラは温かい食事の方がいいようだ。
 中庭にさえ降りられなくなってしまったアエラは、一日の殆どを自室で過ごす。不憫に思うのか、ピオニーが市井の雑誌やらを手配してはくれるのだが、来客は認められなかった。
「友達とか、会いたいよね」
 お茶の相手はもっぱらガイだ。
 アエラは、
「そう、ですね。みんなどうしてるだろう・・・」
 皇帝に召し上げられたことはもう、帝都でも有名な話になってしまった。はじめは、宮殿内だけに留まっていたのだが、さすがにあんな事件があっては、隠し通せはしない。城下では、いつご成婚のお祭りをやるんだと問い合わせがあるほどらしい。
「すっかりドレスが馴染んできたよね。始めはアエラじゃないみたいだって思ったけど、そういう君もいいと思うよ」
「そうやって、誰でも褒めてるんでしょう? 知ってますよ、ガルディオス伯爵の“社交辞令”は」
 宮殿に暮らすようになって、漏れ聞こえる上流社会の噂話にも少しは精通するようになった。ガルディオス伯爵の天然詐欺師ぶりは、貴族令嬢の間でも有名なようだ。ただし、ガイ自身はまったくもって素なので、
「社交辞令だなんてひどいなぁ。本心だよ」
 よりいっそうタチ悪くファンを増やしている。
 アエラはくすりと笑うと、
「ご令嬢やメイドたちに人気のガルディオス伯爵を独り占めしていると、また敵が増えそうだって心配になります」
 少し意地悪く言った。
「えぇ? そんなことないよ、俺なんか全然」
「ご謙遜を。けど、こんなに大人気なら、合コン必要ないじゃないですか。ガイさんったら」
「えーっ? なんか誤解されちゃってるなぁ」
 本気で困っているようだが、どこまで天然なのだろう。
 アエラはメイドと顔をあわせて、肩を竦めた。

 そんな彼女らの部屋に、ノックの音が響いた。
 ドアを開けたのはメイドだ。
「まぁ、陛下」
 ドアの向こうには皇帝が立っている。
「アエラとガイラルディアはいるか?」
 いるか、と訊くまでもなく、二人の笑い声が聞こえたのでいることはわかった。
 広々とした部屋の中、窓際に置かれたテーブルに。二人は向かい合って座り、ゆったりとティータイムを楽しんでいた。
 そこへ、
「ガイ!」
 ピオニーの後ろから、声。
 来訪者に笑いを止めた二人はそちらを見て。ピオニーの後ろに、笑顔満面の少女を見つけた。
「アニスじゃないか!」
 嬉しそうに椅子から立ち上がったガイは、走り寄ってくるアニスを・・・抱きとめられずに、後ずさった。
「もぉー、ガぁイ? まだダメなのー?」
「い、いきなりこられるとちょっと。自分からは、少しなら触れるようになったんだけど」
「はやく治してよねーっ。これじゃあアニス、いつになったら伯爵夫人になれるのーっ?」
「えーっ?!」
 たじたじのガイ、ぷーっと頬を膨らますアニス。
 そんな二人を見て、
「・・・ガイさん、嘘つき」
 ぽつ、と。言ったのはアエラだった。
「えっ」
「恋人、いるんじゃないですか。だめですよ、こんなに可愛い人がいるのに、合コンなんか行っちゃあ」
「やっ、違う違う、アニスは違うって」
 慌てて、両手を振って否定するガイに、
「ひっどぉーい、ガイ、アニスのことほったらかしにして、その上合コンなんて! もぉいいもんっ、浮気してやるんだからっ」
 悪乗り、演技満載のアニスは、泣きまねをした後にピオニーに張り付いた。
「へーいかーぁ、アニスもお后候補になりたーいっ」
「おー、そうかそうか。いいぞーぉ?」
「きゃーっ、やったぁ!」
 ・・・そのやり取りに。
「陛下、あたしは?」
 どうしてそんな言葉が出たのか。ぽろっ、と。アエラは呟いた。
「アエラ?」
「どうして世の中の男はそう、女と見れば見境ないのかしら。誰でもいい、というよりなんでもいい、の域ですね。陛下、幼女趣味だったんだ。へー」
「いやアエラ、これはだな」
「寵の奪い合いは本意ではないので、アニスさん、でしたか? ぜひあたしと代わってください。今なら、セクハラ大佐もつきますよ」
 にっこり、と。いつものアエラとは違う、裏黒い微笑で。
 アニスは、はわわと焦りながらピオニーから離れると、
「エンリョしときます。玉の輿は惜しいけど、・・・色々怖い」
 取り繕うように笑った。
「ところで、セクハラ大佐というのは、ジェイド大佐のことですかぁ?」
「・・・知ってるの?」
「大佐は有名人ですからね。それにあたし、一緒に旅したし」
 アエラは驚いて、ガイを窺った。
「ま、いろいろあってね。あと何人かで、世界中を駆け回ったことが」
 ほんの数年前のことだ、アエラも知らないではないだろうが。詳細を言って自慢したいわけでもないし、知らないなら知らないで問題のないことだし。
 二人が顔を見合わせ、そしてピオニーとも顔を見合わせ。
 アエラはその様子を見て、
「そうなんですか。なんだか、あの大佐がって感じです・・・あたし、デスクワークしてる大佐しか知らなくて。とてもお強いと言うのは色々な人から聞きましたけれど」
「すっごく強いし、かっこいいんだよ」
 笑って言ったアニスの、“かっこいいんだよ”は心にもないことだったかもしれない。だが、客観的にジェイドはなにをしても“見目麗しい”だったから、このぐらいはお世辞をきかせても大丈夫だろう。
 アエラは考え込んでしまった。


 アニスが改めて名乗って、場に溶け込んだ頃。ピオニーは『一応仕事があるから』と部屋を出て行った。
 今は、アエラとアニスとガイとでティータイムとなっている。
 アエラには、アニスは少し前の自分に見えた。
「しかしアニス、ダアトにいるはずの君がどうしてグランコクマに?」
 ガイの問いに、
「休暇だよ。それで、みんなに会えるかなって思って。ちょうど、マルクト行きの船が来てたから、飛び乗っちゃった」
「教会の方はいいのか?」
「ん、大分落ち着いたから。ずっとまとまったお休みもらってなかったからね。思い切ってバーンと」
 屈託なく笑ったアニスは、ぽけーっと話を聞いているアエラを見た。
「だけどアエラ、お后候補は嫌なの?」
 不思議そうな顔で問いかける。
「う・・・ん。ほんとはとても光栄なことなんだろうけれど」
 頷くアエラ。
「アニスは玉の輿希望だからな。アエラの気持ちはわからんだろ」
「そんなことないですよーだ。アエラ、他に好きな人いるの?」
「それもないけど」
「大佐は?」
 邪気のない問いだったが、アエラは困惑して俯いてしまった。
 アニスは、
「あたしまだ、大佐に会ってないけど。ピオニー陛下の話じゃあ、かーなーりメロメロだって」
「そうなのかなぁ」
「今、大変なんだってね? なんか、事件があったって。城下で聞いたよ。で、その捜査に大佐があたってるって」
「う、うん」
「寝てないんだって」
 さらっと。
 アニスの口から出た言葉に、アエラは愕然とする。
「お城の兵士が話してるの聞いたんだ。大佐、全然休まずに捜査してるってさ」
「そん、な」
 外のことは殆どわからないアエラは、ガイを窺う。
 ガイは、んー、と困り顔をして、
「そうらしいけど、実際本人見ても、全然そうは見えないんだよな。まぁ、もともと前線の司令官とかなわけだし、激戦区にいるときなんかは何日も眠れないなんてのはあっただろうから、その辺の忍耐とかはすごいんだとは思う」
「事実なのでしょうか」
「うぅーん、それを表に出すタイプではないからな。聞いたところで教えてはくれないだろうね」
「どういう事件なの? 細かいとこ教えてよ」
 アニスの希望に、ガイはアエラの意向を確かめてから、話した。
 アエラ宛の小包に毒が仕込まれていたこと、それをアエラが食べてしまったこと。場合によっては皇帝の口にも入ったかもしれないこと・・・
 聞いて、アニスは思案顔をした。
 そして、
「手が込んでるよね、実際。アエラを狙ったにしてもなんか遠回りだなぁ。アエラが宮殿に入ったことを知った上での犯行なら、まぁ、陛下がらみだって言うのはわかるけどぉ」
 ワイドショー的痴情のもつれ、という奴だろう。
 アニスは人差し指をこめかみに当てながら、
「でも、アエラが宮殿に召し上げられたこと知ってたのは、その頃だと宮殿の関係者と軍の上層部ぐらいだったんでしょ?」
「えぇ。だから、・・・どこかの貴族令嬢の仕業じゃないかって。ある程度の地位や権限のある家の娘なら、下々を使って毒を細工させたりは出来るだろうってコトみたいなんだけど」
「まぁ、直接会って毒飲ませるよりはアシがつきにくいけど。またいつかのご落胤事件みたいに、皇帝暗殺ってならない?」
「ご落胤って?」
 はっ。
 アニスは慌てて口を押さえた。緘口令が敷かれていた事柄だ。アエラが知っているわけがなく。
「まさか、まさか陛下の?! やっぱりそうなの?!」
「あややや、違う違う。えーっと、一応ナイショの話なもんだから、これ以上は言えないんだけど〜」
「陛下の、じゃないって事だけは教えてあげるよ。まぁ、大概疑わしいけどね。いつかはありそうで」
「・・・ほんと、ありそう・・・」
 平民の自分を、こんなに簡単に召し上げたぐらいだ。ご落胤など、その辺にゴロゴロいるに違いない。
 アエラは、むむぅと考え込んだ。
「なんにしても、あたしに毒盛ってなんて考えるほど思ってくださるお嬢様がいるなら、陛下、さっさと后でも寵姫でもしてあげればいいのにって・・・一帝国民としては」
「陛下は初恋に生きちゃってるからぁ」
「・・・初恋?」
 首をかしげたアエラに、アニスはガイと顔を見合わせて、
「そういや、アエラって全然タイプ違うよね。まぁ、大佐のタイプがアエラなんだから、それでいいんだろうけど」
「これでネフリーさんに似てたら、ジェイドは単なるシスター・コンプレックスってことだからな」
 そんなことを言って、二人とも笑った。
「ネフリー、って、あの、ブウサギの」
 アエラが知っている“ネフリー”は、ピオニーが一番大事にしているブウサギのことだけだ。
「大佐の妹の名前なんだよ、ネフリーって。陛下の初恋らしいんだ」
 アニスが説明すると、アエラは、
「・・・じゃああれ、全部陛下縁の人たちの名前なんですか? ジェイドなんて何でつけたんだろうって思ってたんだけど」
「そー。大佐が言うには、市井で過ごした幼少時代が忘れられないから、その当時のお友達の名前をつけたり、あとは仲のいい人たちの名前つけたりしてるんだよ」
「・・・・・・ちょっと可愛いかも」
 ポツリ呟いたそれを聞いて、
「あれ、アエラ、やっぱりお后になる?」
 意地悪く笑うアニス。
「だったらドラマだよねぇ☆ 皇帝の后に横恋慕する軍将校〜とか。あ、あたし、ちょこっと書いて出版とかしてみようかな」
「えーっ」
「おいおいアニス、ほどほどにしとけよ」
「見た目もいいしぃ、話題性あるしぃ。取材してこうかな」
「もー、アニス!」

 声を出して笑ったのは、どのぐらいぶりだろう。
 アニスがいた数時間は、本当に楽しく過ぎていった。








 名残惜しげにしていたが、アニスは次に行くところもあるからと宮殿を後にする。
 見送りにガイを行かせて、アエラはまた静かな部屋に篭った。
 少し立ってから部屋のドアが開き、
「アニスは帰ったんだな」
 ピオニーがやってきた。
「陛下」
 座っていた椅子から立ち上がり、ぺこりと頭を下げる。ここでの暮らしで覚えさせられた、上流の挨拶でだ。
 それを見たピオニーは、
「そんなことしなくていいぞ。どちらかと言うと、思いっきり抱きついてくるとかの方が俺は嬉しい」
「・・・・・・突進して突き飛ばして欲しいということですね」
「どこまでブウサギなんだ、お前は」
 アエラの傍らに歩み寄って。
「・・・楽しかったか?」
 問いかけた。
 アエラはにっこりと笑んだ。
「とても。アニスは可愛くて面白い人ですね」
「元気があってな。ジェイドも気に入りのお嬢ちゃんだ。アレで結構したたかで、なかなか手ごわいが」
「いいお友達が出来ました。今度手紙を書かなくちゃ」
 アエラの笑顔を見て、ピオニーも満足げに笑んだ。
 ずっと、元気のない姿ばかりだったから。アニスに会えたのは、ピオニーにとってもラッキーだったのだ。世渡りがうまく、元気もよく、場の空気を明るく出来るアニスはきっと、アエラの気分転換に役立つだろうと思っていた。大正解のようだ。
「でも陛下、アニスとガイさんは、本当に恋人ではないんですか?」
「はぁ? 聞いたことはないが・・・怪しげだったか?」
「いえ、そういうわけでもないのですが。なんていうんですか、お互いにとても気心が知れていて、つながりが深いと思ったものですから」
「そうか。しかしそれは、ジェイドとアニスを見ても思うことだろうさ。あいつらは命がけの旅をしたんだ。結束力って奴は、ハンパない」
「・・・へぇ・・・」
「まぁ、アニスは玉の輿を狙ってるからなぁ。ガイラルディアはターゲットとしても申し分ないだろう。今は確かに名ばかりだが、俺としては今後奴をどんどんとりたてていくつもりだし」
「出世組ですね」
「だからってアエラ、最初にも言ったが、ガイラルディアに惚れるって言うのはナシだからな」
「出世は理由になりませんよ陛下。あたしは平民の暮らしが好きですから」
「・・・今、俺の后になるとかいうのもうまいこと拒絶しただろう」
「そうですか?」
「ジェイドの方もな」
「そうですか」
 はぐらかすように言って、アエラはピオニーを見上げる。
「だって陛下は、お后候補はあたしでもアニスでもいいんでしょ?」
「なんだ、妬いたのか?」
「別にそういうわけじゃないですよ」
「言ってたじゃないか、“陛下、あたしは”って。安心しろアエラ、俺は二股はかけないから」
「・・・后がいて後宮に寵姫がいたら、それって二股じゃないんですか」
「お前一人と約束してやる。どうだ、そろそろ落ちる気になったか」
「なりません」
「しぶといなぁ。あまり焦らされると、実力行使に出たくなるんだが」
「そんなにブウサギを手籠めにしたいんですか?」
「もうそのブウサギのくだりは忘れろ」
「陛下が言い出したことでしょうが。大体、別に焦らしてるつもりもないですよ。陛下は大佐をからかうためにあたしをここに置いたんでしょ。もともと“そういう”つもりだったわけじゃないのに、なにを焦らすんですか」
「・・・そうか。そう来るか」
「なんですか」
「よしわかった。アエラ」
 何をわかったのだろうか。ピオニーはにっと口の端をあげると、
「今夜から俺の部屋に来い。ガイラルディアは屋敷へ帰す。焦らしてないなら、してもいいということだからな」
「陛下?!」
「もう決めた。アエラ、覚悟を決めておくんだな」
「ちょっ、陛下、何言って!」
「迎えをやるから、それまではここで大人しくしとけ」
「へいかっ!」
 アエラの抗議を聞かず、ピオニーはヒラヒラと手を振りながら部屋から出て行ってしまった。
「ちょ、嘘」
 呆然と立ち尽くしたアエラは、ピオニーと入れ代わりに入ってきたメイドを見つめる。彼女は動じず、クローゼットを開けて中から衣装を選び出している。
「・・・もしかして、今夜呼ばれたときに着てく奴とかいう・・・?」
「もちろんですよ」
 夜着でも宮殿内を歩いて移動するわけだから、それなりに見栄えのするものだ。いつもここで着て寝るものとは違う。
「・・・あたし、そういう作法知らない・・・」
「なにも心配はいりません。ただ、陛下に逆らわずにいればいいだけです」
「逆らうって」
「陛下のお手を止めさせたり、拒絶の言葉を言ったり。市井の男女のそれとたいして変わりません」
「それはそうだろうけど」
「とにかく黙って受け入れれば、それで問題はございません」
 きっぱりと言い切られて、アエラはそれきり何も言えなくなってしまった。
 せっかく、アニスと喋って気持ちが浮かんできていたというのに。また、どん底に突き落とされてしまった。
「へーかのばかー・・・」
 




 されるがままに支度をされて。
 また、いつも以上に別人に仕立て上げられてしまった。
 これから寝るのに何故化粧をするのかとか。
 アエラにはわからないことばかりだ。
 迎えに来た、皇帝付きのメイドに手曳かれて歩く夜の廊下は、いつもと雰囲気が違って感じた。
 見慣れた景色になったはずなのに。
 全然知らない場所のようだった。
 やがてその扉の前に立ち。
 メイドは容赦なくドアをノックした。
 中からは皇帝の返事。
 ドアを開けたメイドは、アエラをその中へと歩かせる。
 彼女が入ったのを確認してから、ドアを閉めた。

 アエラの背で、遮断された。
 閉じたドア。部屋は薄暗く、
「こりゃあまた、随分めかしこまれたな」
 皇帝も夜着でそこにいた。
 気さくに笑まれたところで、アエラの顔色はよくはならない。
 声が出ず、引き結んだ唇。どうしていいのかわからない手は、夜着を掴んでいる。
 部屋の中には、皇帝以外の存在はないようだ。ブウサギたちは別の部屋にでも移したのだろう。
「こっちへこい、アエラ」
 逆らってはいけない・・・メイドは再三言っていた。そんなことはわかっている。アエラは一歩ずつ、皇帝に歩み寄った。
 明かりに近くなる。
 手を伸ばせば届く距離のギリギリまで寄って、アエラは止まった。
「今更何を怯えることがある。お前は今まで、俺が触っても平気だったじゃないか」
「・・・それは、あたしはブウサギだからで」
 ようやく出た声は、明らかに震えていた。
「俺だって随分我慢したんだぞ? 可愛いアエラがすぐ側にいるのに、何にもさせてもらえなくて」
「だって陛下、大佐を試すんでしょ?」
「ジェイドを試すから、俺はオアズケか?」
「試すだけなら、あたしが本当に陛下のオテツキになる必要はないじゃないですか」
「その方が、あいつの本気が見れると思うが」
「そんな、本当にお戯れじゃないですかそんなの。あたし、」
 嫌です。
 言葉は続けられなかった。
 アエラを見る、ピオニーの目は。いつも接している彼とは、違っていた。
 ・・・皇帝の目だ。権力者の。
「陛下・・・」
「俺は皇帝だからな」
「・・・存じております」
「お前は平民だ」
「はい」
「なら、お前はこの場合、どうするんだ?」
 どう。
 問いかけは、アエラの視界を閉ざす。

 少女は床に膝をつき、ふかぶかと頭を下げた。
 その後は、夜闇だけが知る瑣末事。