00.ミス・チラリズム
始まり。って言うか誰よ、そんな変なあだ名つけるのは。
(06.07.06)


01.触れたい、君に
片思い? そんな可愛らしい言葉で片付けばいいのですが。
(08.11.24)


02.暴発注意
大嫌い。言わせたのは向こうなんだから。
(08.11.24)


03.転職するなら
試してやれ。ん、別に俺はお前を陥れようとか思ってないぞ?
(08.11.24)


04.ブウサギ
嘘つき! 仲間がピンチだ、みんな、行くぞ! ぶーぶーぶー!
(08.11.25)


05.罪よりも愛を
出よう。君がそれを望むなら、俺は叶えるだけだから。
(08.11.25)


06.甘い殺意
迂闊。だってそんな、思いもしなかったもの。
(08.12.11)


07.回避不可能
もう決めた。権力は正しく使わなきゃな。
(08.12.13)


08.悟った先には
ありかもしんない。どうせなら、パーっとね。
(08.12.15)


09.卑怯
不器用。その言葉ほどあなたに似合わないものはないです。
(08.12.21)


10.君を連れて
あたしを。愛はいろんな形をしていて、一目ではわからない。
(08.12.24)


Last.あなたがいるから
ほどとおい。でも、こういうのって努力するものなの?
(08.12.24)



卑怯


 行き場がなかったのだろう。
 アエラは、自分の部屋にいた。
 一応追跡していた兵が、ジェイドに彼女の居場所を教える。
 閉められていなかったドア、今しがた飛び込んだばかりなのか、ドアの外ではメイドが心配そうに中を覗き込んでいる。
「・・・いますね?」
 ジェイドが声をかけると、メイドはハイと頷いた。
「今から少し、アエラ嬢と話をします。機密性の高い話ですので、あなた方は下がっていてください」
 人払いをしてから、部屋の中に入る。
 ドアを閉めた。
 アエラは、テーブルに両手を着いて、じっと手の辺りを見つめている。
 まだ、顔色は悪い。



 刺激しないように、静かに歩み寄った。
 しばらく、様子を見る。
 やがて、
「・・・大佐」
「はい」
「・・・罪は、重いですか」
「えぇ」
「どのぐらいですか」
「死罪は免れないでしょう」
 思いやりのない、淡々とした言葉だった。しかしそれが事実だから、ジェイドはいつもと変わらない口調で言った。
「恩赦はないでしょう」
 アエラは両手を離し、ジェイドを見た。
「・・・心当たりはあります。けれど、あたしを殺そうとする理由がわかりません」
「親しい人ですか」
「・・・・・・・・・」
「アエラ。どこの誰です?」
「言えません」
「アエラ」
「言えません、殺されるとわかっているのに、誰の名前も言いません!」
 拒絶は、アエラらしいとジェイドは思った。
 自分を守るためとは言え、他の誰かが毒に倒れることが許せない・・・そう言って毒見役の件を断った彼女だ。
 たとえ、自分の命を狙う者であっても、死罪になると言われればその名を出すことなど出来ないのだろう。
 けれど、
「アエラ。罪は罪です。その人物はあなたを、・・・いいえ、皇帝に仇なそうとしたのですから」
「でも!」
「よく聞きなさい、アエラ。実際に、毒は皇帝の口には入らずにあなただけの口に入った。それが犯人の思惑通りで、成功したとしてもです。もし、その場に陛下やガルディオス伯爵がいて、一緒に口に入れていたら。・・・犯人は、死罪では済みません」
 考えられた最悪の事態だ。それを予測したから、実際誰を狙っていたのかがわからなかった。
 アエラは震える指を胸の前で強く組み、その震えを抑えようとしている。
「その人物に関わった様々な人が、罰を受けることになりかねない。家族、親類・・・先の先までね」
「大佐・・・っ」
「脅しではありません。皇帝を害すると言うのはそういうことです。あなたは、本意不本意に関わらず、皇帝陛下の后候補として側に召されている人だ。あなたへの危害は、皇帝へのそれと同義になるのです」
 ・・・恐ろしいことだ。恐れ多いことだ。
 アエラはそれとわかっているから、名前を言えない。
 静けさが舞い降りる。広がった静寂に、アエラの震える吐息がかすかに響いた。
 どのぐらい黙っていただろう。
 いくらかの時間が過ぎてから、
「心当たりは、・・・二人なんです」
 ぽつり、アエラは言った。
「でも、本当に、どちらもあたしを殺す理由があるように思えないんです。もちろん、あたしが気付かずにその人たちを傷つけていたというのはあるのかもしれません。でも、そんな大きな罪になるとわかりきったことをしてまで・・・」
「名前を」
 アエラは首を横に振った。
「アエラ」
 また、首を横に振る。
 どれほど促されても、アエラは縦には振らない。
 堂々巡りになる。
 ジェイドは溜め息をついた。
 そして、
「あなたの知人である、それだけはわかりました。ならばそちらをしらみつぶしにあたりましょう。多少乱暴になるかもしれませんが、それは仕方ないと思ってくださいね」
 優しくはない声で言った。
 驚いたように、アエラは顔を上げる。
「何度も言いますが、事は国家反逆に匹敵する。早急に犯人を見つけなければならないのですよ」
「で、でも」
「あのような、小手先のものですんでいるうちに片付けなければならないのです。大事になれば、軍隊の出動もある。そうなったらもう、どう抑えても他にとばっちりはいくでしょう」
 アエラの顔色が、もうこれ以上はないと言うほどに悪くなる。
 またしばらくの間があいて。
「・・・アエラ。私は早く、すべて治めてしまいたいのです。事の発端は、私にあるのですから」
「たい、さ?」
「アニスから聞きました。どうして突然、あなたが皇帝の側に上げられたのか、その理由を。陛下の戯れは今に始まったことではありませんが、・・・私を試すためだったと」
 アエラは視線を逸らす。
「私も、本当にあんなに焦った行動に出るつもりはありませんでした。あなたとの事は、もっとゆっくり進めたいと思っていた。あなたは純粋に仕事を楽しんでいて、私のことも上司として慕ってくれていた。その生活で、満足していました」
「大佐・・・」
「まさか、たったあれだけの昔話で、理性が切れるとは思いもしませんでしたよ。随分反省しました。きちんと謝って、もしもあなたが私の側を嫌がるようなら、酒場のウエイトレスに戻すなりそれ以外の選択なりをと思っていた。でもまさか、そこに陛下が首を突っ込んでくるとは予測できませんでした。確かに陛下はあなたを気に入っていたけれど、そんなに安易に宮殿に入れるとは・・・」
 思いも寄らなかった。
 これではもう、手が出せない。ただ会うだけでも、手続きという無粋なものが入る。
「しかもあなたは、・・・陛下を受け入れてしまった」
 びくり、と。アエラが大きく震えた。
「だっ、て。どうしようもないじゃないですか。初めの頃は、適当にあしらっていられたけど、・・・相手は皇帝ですよ?」
「わかっていますよ。だからそれを責めたりはしません・・・そんな権利もありませんから。ただ、」
 ただ。
「平静を保っているのは、かなりきついですね。こんな感情が自分にあったのだと、不思議なぐらいですけれど」
「陛下を殺して、あたしを奪いますか?」
 見上げた目。真剣みを帯びたアエラの眼差しの奥には、少しのおびえが見て取れた。
 ジェイドはその瞳をじっと見返した。
「それではあなたを罪人にしてしまう。短慮と言うものですよ、アエラ」
「では、陛下があたしに飽きるまで待ちますか?」
「それがいいでしょうね。たとえ何十年とかかっても、私は待ちますよ」
「・・・あたしが陛下の正妃になって、世継ぎを生んで、貴方のことなんて全然思い出さなくなっても?」
「えぇ」
「それとも陛下以外の、あなたでもない別の誰かといるようになっても?」
「どういう意味ですか?」
「あたしが大佐を選ばずに、陛下の愛人やりながら他の人と関係を持ってもってことです」
「・・・それでもアエラは、私を見ない?」
「そうです。大佐は除外です」
「・・・・・・」
 ジェイドは黙った。額を抑え、考え込んでいる。
 少しあってから、またアエラを見た彼は。
「私があなたを好きな限り、待つでしょうね」
 それは、アエラも見たことのない、優しくて綺麗な微笑だった。
 アエラの胸に、熱いものが込み上げる。
「・・・・・なんで」
「はい?」
「なんでそゆこと、もっと早く言ってくれなかったんですか」
「アエラ」
「せめてあの時に、もっとちゃんと・・・」
 そこまで言ってから。アエラは溜め息をついた。
「すみません。違いますね。あの時はあたしが逃げちゃったから・・・大佐は言えなかったんですよね」
「あなたが謝ることではありませんよ。当然の反応でしょう」
「その後も、大佐から逃げて。こんな、宮殿になんか逃げ込んで。一番卑怯なの、あたしですね」
「ですからアエラ、あなたは」
「悪くないなんて言わないでください!」
 言い放つ言葉。アエラの悲鳴。
 零れ落ちる涙。
 手を伸ばしかけて、ジェイドは躊躇する。
 気安く触れていいものではない。
 その戸惑いを、アエラは見て。
「・・・大佐。名前を教える代わりに、のんで欲しい条件があります」
「私で叶うことなら」
「大佐しか叶いません。・・・大佐」
 もう一度、見上げる目。涙で濡れた睫、震える唇。
「名前は教えます。でも、今日はもう、お帰りになってください」
 それが条件だ、と。アエラは言った。
「帰れ、とは」
「別に、大佐が目障りとか言うわけじゃないですからね。ただ、休んで欲しい」
 確かに、皆が言うように、傍目にわかる様子は無い。けれど、アエラだから気付くのか、やはりジェイドは疲労しているように思えた。
「ずっと休んでないんでしょ。だから、名前がわかったのだから、今日はもう帰ってお休みになってください。明日、改めてでもいいはずです。もう、急がなくてもいいはずです」
「・・・あなたらしい」
「馬鹿なこと言ってるって思うかもしれないですけど、あたしのせいで大佐が倒れたりっていうのも嫌ですから。部下に探させるのもなしです」
「逃がすつもりですか?」
「逃げるならとっくに逃げてるでしょ! あたしだったらそうします!」
 それは一理あるだろう。
 今回の贈り物は、アエラに犯人の特定をさせるものだった。
 アエラが口を割れば、追捕の手はすぐにでも伸びる。
 利口な者なら、当に行方をくらませているはずだ。
「・・・わかりました。あなたの言う通りにしましょう、アエラ」
 だから、名前を。
 促されて、アエラは一度口を閉じて俯いた。
 そして、
「一人は、・・・姉です」
 それは、意外な人物だった。
「あなたの?」
「はい。クレア・ヴィンセント、シェリダンで技師をしています」
「お会いしましたが、とてもそんな・・・」
「だから、心当たりはないんだって言ってるじゃないですか。それで、もう一人は」
 ためらう間があく。
「・・・セオという男の人です。あたしの知る限りでは、この帝都にいました」
「セオ、ですか」
「何かの研究員だということしか知りません。でも、あたしとは半年ぐらい恋人でした」
 ジェイドの頬が、ぴくりとつる。
「先達ての、元彼、ですか」
 アエラは頷いた。
「セレニアの花は・・・あたしと彼とが出会った場所に咲いていた花です。姉と一緒にケセドニアに行った時に、タタル渓谷のことを聞いて・・・セレニアの花というものを見てみたくて。姉にねだって、連れて行ってもらったんです。その時に、渓谷で作業中だった彼に出会いました。あたしにとってのセレニアの花の思い出はそれだけなので」
「ひどい別れ方をしたのですか?」
「いいえ。確かに、この間言ったように、彼を他の子に譲ったような形ではありましたが、本当にアトクサレはないんです。彼も納得して、綺麗に別れたつもりです」
「殺されるようなことは」
「ないと思います。・・・ただ、彼があたしとの馴れ初めを誰かに話していたりすれば、利用して罪を転嫁しようという人も、いるかもしれません」
「セオは誰かから?」
「ライバルは多い、と聞きました。でもあたしは、彼のことをあまり聞かなかったので・・・」
「帝都にいるのですね?」
「別れたときは、帝都に住んでいました。彼が帝都に住んでいるから、あたしもこっちに来たんです。でも、その後のことは・・・友達も別れてしまったから、もう彼の話はしばらくしてません」
「わかりました」
 ジェイドは踵を返す。
 足早に去ろうとした、その背中に、
「大佐!」
 呼びかけと、引止めと。
 アエラの手が、ジェイドの軍服の背を掴んでいた。
「アエ・・・」
「約束です! 絶対に今日は休んでください! 明日からにしてください。すぐ捕まえて、事が露呈すれば確かに、大佐は休めます。でも、すぐ捕まらなかったら? 事後処理にやたら時間がかかったら? あたし、もう大佐のお手伝い出来ないから、大佐が休めるのがもっと先になっても、何にも出来ないんです!」
 
 おそらく。
 このときが一番、アエラの感情が全開状態になった場面だった。
 ほとばしった声と、思いとを。
 ジェイドは体を反転させ、アエラを抱きしめることで受け止めた。
 アエラは拒まなかった。むしろしがみつくように身を寄せて、二人の間をゼロ距離に近付ける。
「・・・あまり、器用ではないので・・・こんなふうにしかあなたの気持ちを受けとめられません。あなたも、私の感情は受け取りにくいだろうと思います」
「本当に不器用な人は、自分で“器用ではない”とか言ったりしないんですよ、大佐」
「散々言われたし、自覚もしているんですよ。・・・嫌なら早く、突き飛ばしてください。そういうつもりではないと、・・・私が愚かにも自惚れてしまわないうちに」
「誰も嫌だなんて言ってません」
「・・・では、私が絞首台に立つ羽目になる前に、私を突き飛ばしてください、アエラ。皇帝の恋人に不埒なことをしてしまう前に」
「大佐。あなたは処刑なんてされません。ぜんぶあたしがしたことにすればいいんだから」
 顔を上げたアエラが、じっとジェイドを見上げる。
 視線を絡めた、それだけで終われはしなかった。
 曳き合った唇。重なって、ただそうするだけでは物足りなくて。
 どちらがと言えないほど同時に、お互いがお互いを求める。
 知らない温度に没頭して、やがて。
 我に返ったのは、ジェイドのほうが僅かに早かった。
 名残惜しげに、唇を離す。
 そして、
「・・・大佐はこう言えばいいんです。“誘ったのはアエラ”と」
 らしからぬ、妖艶さを漂わせて。アエラは笑んだ。
 思わず息を呑む。
 これがあのアエラ?
 ジェイドは愕然とさえなった。
「私に、卑怯者になれと?」
「卑怯なんかじゃない。あたしが誘ったは事実です。あたしは頷くだけです」
「・・・・・・」
 言葉は継げない。
 元からこういう娘だったのだろうか。
 それとも、ここに居る間に変わってしまったのだろうか。
 それさえも自分のせいだと思い、ジェイドは表情を翳らせる。
 アエラはまた、微笑んだ。
「家に帰って、お休みになってください大佐。明日あなたが動けばもう、この事件は終わりです」
「・・・・・・」
 ジェイドは何も言わず、一歩下がった。そして、どこか恭しく、一礼した。
 失礼します・・・そう言った声は、感情がない。
 踵を返し、部屋を出て行く。
 見送ったアエラは、ドアがパタンと閉まるまでは笑んでいた。
 けれど。
 ドアが閉まり、視界が狭くなると。
「・・・呆れたついでに、あたしのこと見限っちゃってください・・・大佐、あたしはもう、前以上にあなたには似合わない」
 そう呟いて、深く吐息した。




 アエラが教えたどちらかが、真相を握っているのなら。
 有能な彼は、明日にでも犯人を捕らえてくるだろう。

 結局何が発端で、誰が悪かったかなど、もはや何の意味もない。