「受験?」
 新しい年になって、やっと年末の忙しさから解放されたから。
 いつぶりにだろう、二人で一緒に食事をすることができた。
 食後はいつも、リビングでピアノを弾く。リクエストもないから、指が動くままに。
 それは穏やかな時間…のはずだった。不意に切り出された、“受験”の話がなければ。
「何、言って。ボクはもう、二十歳過ぎたよ」
 戸惑いの声、苦笑。
「年齢は関係ない。下が十五歳、そこからは無制限だ」
 ソファに座り、ピアノの旋律に耳を傾けながら。
「それって…早乙女学園に?」
「お前には、必要なことだと思う。受験してみろ」
 さすがに動揺が強いのか、指が止まる。静まった室内。
「そんな。早乙女学園て、音楽専門学校でしょ? ボクが楽譜を読むも書くもできないの、知ってるじゃない」
「それも関係ない。お前の音楽は、紙の上では一音たりとも鳴りはしないと、俺が知っているからな」
「…コネ入学もイヤなんだけど」
「一般受験で、十分通過する。お前には、それだけの力がある」
「身内びいきが過ぎるよ。それに、確か制服じゃん。このトシで?」
「そんなに震えるほどじゃないだろう。それに、最低限の規定さえ守れば、アレンジは自由だ」
「……命令?」
「お前のためを、思っているよ」

 結局、押し切られてしまった。
 渡された封筒には、受験要項や試験の日程などが書かれた資料が入っている。
 自室に下がってから、その中身を確認した。
 『お前のためを』
 そう言われては、断るなんてできない。
「学校…か」
 途切れてしまった思い出が、胸をよぎっていく。
 大きく吐き出した溜息は、暖房をつけない部屋の寒さにその姿を白く晒した後、空間にとけて消えた。





   Episode.01  魔法使いの憂鬱





 四月。
 事始めの春。
 規定通りの制服を、規定通りに着て。
 その門をくぐった。
 周囲を、同じ方向に歩いていく“同級生”たち。
 みな、初々しく見えた。
「二十歳越えは、ボクくらい…かな」
 やれやれ、と。肩をすくめる。
 入学式はこっち、と。案内係の警備員が生徒たちを促しているのが見えた。
 早乙女学園は、一年制の専門学校だ。ただの専門学校ではない。音楽専攻、それも、“アイドル養成学校”だ。
 そんなところにこの自分が。
 違和感は、いまだに消えはしない。
 入学試験の倍率は、200倍ともそれ以上とも言われる。全国から、アイドルを、そして作曲家を目指す者たちがこの地へ集うのだ。
「入学式…」
 無気力に呟いて。
 その警備員が示している場所とは、違うところへ、足を向けた。


 その部屋はとても静かで、余計に居心地がよかった。生徒たちは皆、今は式典に参加しているのだろう。もともと空き教室のようだが、この“誰もいない”感じが、心地よいと感じた。
 この学園は、クラス数よりも教室数のほうが多い。空き教室をドラマのロケなどで使うようにしているからだと聞いたことがある。
 この部屋も、そんな場所なのかもしれない。
「…いいでしょ、別に」
 誰と会話をしているわけでもない。存在は一人きりだが、そんな、相手のいるような呟きをこぼして。
 ピアノの前に座る。
 ふたを開けて、並ぶ鍵盤に指を置いた。
 滑り出す、整った指先。
 奏でられたのは、既成の曲ではなかった。
 時に強く、時に優しく。
 思うままに音を連ねて、やがてそれは光を纏う。
 そうして、どのくらい弾き続けた頃だろう。
 いつの間にか、少し遠く雑踏が聞こえて。
 そして割と近く、ぱちぱちという拍手の音が聞こえた。
 はっとして、手を止める。
 入口。ドアは閉めたはずだったが、鍵まではかけていなかった。音が漏れたのだろう、見つかってしまったようだ。
「あっ、ごめんなさい…」
 高く可愛らしい声で、来訪者は言って。きゅ、と縮こまった。
 女子の制服を着ている。肩上ほどで揃えられたボブカット。大きな瞳。
「…式、終わったの?」
 ピアノの前から立ち退き、彼女の前に移動する。
 硬直しているのがわかった。
「…人見知りなんだね」
 両手を腰に当て、少し屈むようにして彼女の顔を覗き込むと、向こうはかぁっと頬を染めた。
「可愛いな」
 ふふ、と。意図せずに笑みがこぼれる。そのぐらい、この少女は可愛らしいと思った。
「えっ、そ、そんな…っ」
「お名前を窺ってもよろしいですか? 御嬢さん」
「え、あ、あの、春歌…七海春歌です」
 素直に答えるところも愛らしい。十五・六歳ぐらいだろうか、あまり都会で育ったという雰囲気ではない。
「はるかちゃん」
「は、はい」
「…名前も可愛いね。ハルちゃんて呼んでいい?」
 にっこり笑ってみせると、ますます顔を赤くしていく。
 これはホントに可愛いな、と。心の中で強く思った。
「ねぇ、ハルちゃん。この後の、日程って知ってる? ボク、ちゃんと見てこなかったんだ」
 そう言うと、春歌は少しきょとんとして、『ボク?』と首をかしげた。
 そして、
「あの。…女のかた、ですよね?」
 と。
 その質問には、こっちがきょとんとする番だ。
「どうして、そう思う? 髪が長いから?」
 さらさらと肩からこぼれる黒髪は、確かにとても長い。毛先は、ひざの裏まで届いている。
「それもありますけど。あの、目が…優しいから」
 そうくるか。まるで動物の雌雄を見分けるような理由だ。
 ふーん、と。ちょっと明後日のほうを見ながら、前髪をかき上げる。
「最初は、男の人かなって思ったんですけど。音楽は、とてもしなやかで、たおやかで…もしかして、“かっこいいお姉さん”なのかなって」
 でも喋った声が結構低くて、また迷ってしまった、と。
 春歌の台詞に、そっか、と苦笑した。
「そうだね。騙し通してキミとドキドキ学園生活っていうのも面白そうだと思ったんだけど。やっぱり、男装女子は所詮は“女子”なんだよねぇ」
「じゃあ、やっぱり?」
「性別は女、だよ。気持ちは男だけどね」
「き、気持ち」
「月宮林檎っているじゃない。男の娘アイドル。アレの逆ってことで」
「…アイドル志望、なんですか?」
「そう思う?」
 春歌は腑に落ちていなさそうだ。この学園には、“アイドルコース”と“作曲家コース”とがあるが、逆に言えばそれしかないので、所属はそのどちらかになる。
「…さっきのピアノ、とても素敵でした。入学式が終わって、教室に向かっていたのですけど…ぼんやりしていたら私、みんなが行く方と違う方に歩いてたみたいで。知らないところに来ちゃって、どうしようって思っていたら…あなたの演奏が聞こえて。つい」
「引き寄せられちゃった?」
「はい。あの、でも、アイドル…?」
「んー。どっちでもいいっていうか、どうでもいいんだけどね。一応、作曲のほう」
 とりあえず教室に行こう、と。二人はその部屋から出た。



「ボクは、早乙女海羽。よろしくね」
 道すがら、改めて自己紹介をする。
「え、早乙女? さん、ですか」
 引っ掛かって当然だろう。
 海羽は苦笑して、
「変な人だったでしょう、学園長。一応、身内なんだ」
「えっ?!」
「まぁ、あんまり近い親戚じゃないけど、血はつながってるし。あと、海羽でいいよ。歳はボクのが上だけど、ここでは同級生だからね」
「あっ、はい。海羽さん。あの、背が高いんですね」
「え? あぁ、170センチくらい、だよ。女性としてはまぁ、ちょっと高めだけど、やっぱり男の人と並ぶと小さいよね」
「私だと、すっごく大きく見えます」
「…そうだね」
 そう言って、すいと春歌の肩に手を回す。
「きゃ」
「ちょうどいいくらいだよね」
「ちょ、そっ、海羽さんっ」
「あはは、もー、ハルちゃんは可愛いなぁ」
 そんなふうに、じゃれながら廊下を行く。
 やがて、見えてきた教室の、クラスの札。
 手前にA、奥にSが見える。
「あ、私、Aクラスなんです。海羽さんは?」
「やっぱり、別れちゃったね」
 制服の、エンブレムを指さして。海羽は、残念そうに吐息した。
「え…Sクラス」
「色が違うなって思ってたんだ。たしか、クラスによってこれの色が違うって聞いたから、同じクラスじゃないんだなって」
 春歌のAクラスよりも、海羽のSクラスの方が格上だ。より実力があると判断されたものがそのクラスに所属する。
「でも、あの演奏なら…納得です」
 さっき聞いた海羽の演奏は、素人とは思えなかった。技巧がどうのというよりも、とにかく聞き手を強く惹きつける引力のような物を、春歌は感じた。だからこそ、海羽がアイドルコースかどうかが気になったのだ。あの演奏のセンスでアイドルコースなら、それは少しもったいない気がする…と。
 けれど本人は、さして気に留める様子もなく、
「そう? でもボク、楽譜読めないし書けないんだよ」
 他人事のような無関心な印象の声で、そう言った。
「えっ?」
 そこでちょうど、チャイムが鳴った。
 海羽は春歌の髪にちゅっとキスをすると、
「またね」
 と言って手を振った。Sクラスの教室に入っていく。
 なにやら、いろいろと衝撃的なことが重なった気がしたが、春歌も教室に入らざるを得なかった。





 Sの部屋に入るなり、注目が集まる。
 さらさら揺れる黒い長髪、どこか凛とした印象のキレイ系の顔。男か女かわからない身のこなしかた。そして制服は男子用。なにより、入学式にいなかっただろう、と。囁かれる様々な事柄を、海羽は雰囲気で遮断した。
 あいている席はひとつだけだったから、ここが自分の席だと座る。
 何分もなく、担任・日向龍也が教室に入ってきて。くるりと見回した景色の中に、その存在を見つけると同時に一瞬ほっとした顔をした後、
「いるんじゃねぇか…! 海羽、お前! 入学式をサボるたぁ、どういう了見だ!」
 ピンポイント攻撃だ。担任が見ているのは、入学式にいなかった黒髪の生徒。
 名指しで怒鳴られた本人は、
「…いいじゃない。式典なんて、どうせおじ貴が人外だっての再確認するだけでしょ」
 面倒くさそうに、海羽は言う。その声がまた、女と言い切るにはややもち低いものだから、性別やいかにの囁きが流れる。
「いや、まぁ、残念なことにそれはその通りなんだが…」
 教壇の上の龍也は、一瞬海羽のペースに飲まれかけたが、はっと気を取り直し、
「違う、そこじゃねぇ。またなんかあったのかと思うだろうが。保健室に連絡しても、それらしい生徒は来てないって言うし」
「あぁ、そういうこと。うん、今のところは問題なさそうだよ」
「見りゃわかるっつの。…見えねェと心配ってことだ」
「過保護だなぁ。知ってるけど」
「なら、余計な心配させんな」
「はーい」
 どう聞いても、初対面の会話ではない。そして、年齢差や立場の差を感じないフランクさだ。
「あと、一度しかない行事なんだから、サボるのはな」
「うん。ごめんなさい」
「…なんだその、誠意のない謝罪は…」
「悪いと思っていないもの。自由参加でいいと思うんだけど」
「お前っ」
「ハゲるよ、リューヤサン」
「なっ、誰がハゲか!」
「…この後も、日程詰まってるんでしょ? マキでお願いしまーす」
 くるくる、と。指先で円を描く。業界の用語と仕草だ。
 龍也が、軽く舌打ちする。『この反抗期め』と悪態をついた。

 自己紹介と、一芸披露。
 クラス全員に回ったそれの、一番最後が海羽だった。
 カタン、と。椅子から立ち上がる。
「…早乙女海羽。二十一歳です」
 その時点で、周囲がざわめく。やはり、このクラスで二十歳を超えていたのは海羽だけだった。そして、その苗字。
「うん、学園長は親戚です。コネ入学って言われると、ちょっと否定できない。ホントのところどうなのかは、知らないけど。試験は受けたよ? 受けろって言われたから。あと、楽器は…いろいろやってみたいけれど、とりあえずピアノかな。って、そう言えばほかの楽器って多分触ったことないかも」
 弾いて見せなくてはいけないから。喋りながら、海羽は教室内のピアノに向かった。
「…なんでもいいの? 龍也」
 教壇に立つ、担任に問いかける。彼は、
「せめて学校内にいるときは“先生”をつけろ。あぁ、曲はなんでもいいぞ」
「そう。じゃあ」
 椅子に座って、すぐ。構えも溜めもせず、パーンと鍵盤を叩いた。
 そこから始まったのは、目にもとまらぬ速さの指使いと、洪水のようにあふれる旋律の束。
 差し込まれるメロディが、あの往年の名曲“愛故に”であることに周囲が気付いたのは、演奏が結構進んでからだった。
 わかりにくかったのではない。海羽の演奏そのものに圧倒されていて、誰もがその曲がなんなのかまで気がいかなかったのだ。
 音が、音としてだけではなく。光と、景色と、そして旋律とを彩って具現化する。
 幻を見せた。
 海羽は、他にも数曲の既成曲をメドレーで弾き、そのどれもに個性的なアレンジをつけていた。
 自分で最後だから、好き勝手したのだろうが。そのインパクトはあまりに強烈で、クラス中が魅了されてしまったのは言うまでもない。
 やがて怒涛の演奏が終わり、教室がしぃんと静まった中。
「…あいっ変わらず、魔法使いだなお前は」
 龍也が呆れ気味にそう言ったのを皮切りに、拍手が持ち上がる。
 海羽は立ち上がって。聴衆に向かい、優雅にお辞儀をする。まるでステージの演出のように。
「魔法使い、は、大袈裟だよ龍也。確かに時々、ボクの音楽で“世界”が見えるって言われるけど、それはボクが何かしてるわけじゃなくて、聞き手の想像力が豊かなだけだと思う。感じた音を、色やほかのさまざまなものに変換できるってこと。それを、今度は歌にして、もっともっと“世界”を広げることができたら、その時こそ、“魔法”になるんじゃないかな」
「いや、お前は十分魔法使いだ」
「そう? みんなが気に入ってくれたなら、ボクはなんでもいいけど」
 クラスメイトを見回して、にこ、と微笑む。涼しげに整った面立ちを活かした、どちらかというならば“カッコイイ”印象の笑顔だ。
 数名の女生徒の、小さな悲鳴が聞こえた。
 龍也が、盛大なため息をつく。
「…で? 結局そのキャラでいくのか」
「結局って何。ボクはボクで、ずっとこのままでしょ」
「いっそ林檎とユニット組んだらいいじゃないか性別逆転ユニット」
「それはヤダ。そんなことしたら、いろいろもたない」
「おいおい…」
 ピアノ前から、自分の席に戻る。
 ただでさえも個性の強いSクラスの中で、さらに異彩を放った海羽は。その日のうちには、全クラスにその存在が知れ渡る有名人になっていた。





 結局、海羽の性別については、住まいが女子寮にあるということでアッサリ周知となった。
 しかし、“男の娘”に需要があるなら、その逆にも需要はある。
 早々に、『海羽様』などと呼ばれ、目をハートにした乙女たちに取り巻かれるようになっていた。寮でまで取り巻かれそうだったので、海羽はその彼女たちに『寮ではごめんね』と断りを入れた。リラックスできる場所は欲しい、という言い分に彼女たちはきちんと納得してくれた。おかげさまで、今は解放されている。
「大人気ですね、海羽さん」
 春歌の部屋は、海羽の部屋と同じ階にあった。
 荷物が少ないと言う海羽は、さっさと自室の片づけを終えて春歌の部屋を訪れている。春歌と同室の渋谷友千香ともすぐに打ち解けて、今は二人の荷物の片づけをせっせと手伝っているのだ。
「いや、だって、あたしから見たってかっこいいもん」
 海羽の噂は、あの短時間によくもと思うような速さで蔓延していっている。性別不明の中性的な外見と声、そして卓越した音楽センス…学園長の身内ということも。
「そうかな。トモちゃんもかっこいいと思うよ?」
 春歌のクラスメイトでもある友千香は、アイドルコースというだけあって見た目も華やかだ。海羽とはまた少し違う方向の“カッコイイ系美人”。
「海羽さんほどじゃないって。最初は本当、綺麗な男の人だと思った」
「…ご期待に副えず、申し訳ないです。ボクも、こんな可愛い子を前にして口説けないもどかしさで切ないよ」
「えっ」
「分別はあるつもりだから、安心してね。まぁ、実を言えばボクは男より女の子のほうが好きだし。特にハルちゃんはかなりストライクです」
 ニッコリ笑顔で言われるそれが、冗談なのか本気なのか全くわからない。
 春歌は、ぽんと赤くなって俯いてしまう。
「ちょっと、海羽さんってば。アブノーマルすぎっ」
「え? 本気だけど。ボクは、恋は性別でするものだと思ってないし。魂に性別はないって思ってるし。ハルちゃんほんとに可愛いし。あ、一応、夜這いに来るときは事前にトモちゃんに言うから、部屋開けといてね」
「えー、それはちょっとひいちゃうって」
「世の中にはいろいろな人がいるんだよ、トモちゃん。…それとも、トモちゃんも混ざりたいの? むしろ、キミ目当てでもいい?」
「遠慮します! あ、まぁ、春歌は確かに可愛いけど」
 春歌があわあわしている間に、海羽と友千香の会話はするすると進んでいく。
「ちょ、ちょっと! 二人とも、なんでそんなっ」
 この反応が可愛いよね、と。二人はニヤリと笑う。
 春歌は、もー、と膨れながら、部屋の壁に何かを貼っていた。
 よし、と。満足げに春歌が見る、それは。
「…HAYATO、だね」
 いつの間にか、春歌のすぐ背後に海羽は立っていて。春歌が見ている、壁のポスターを見た。
 今、人気絶頂のアイドルHAYATO。底抜けに明るいキャラクターで、お笑いスレスレなところもあるが、
「あんまり詳しくは知らないけど、顔は綺麗だよね。ちょっとウザイ感じのキャラなのが残念だけど」
「えっ、そんな。HAYATO様は素敵なかたですっ」
「…好きなんだ?」
「は、はいっ。大ファンです」
 まぁ、そうだろう。寮の部屋にまで、ポスターを貼ってしまうぐらいなのだから。
「いつか、HAYATO様の曲を作れたらいいなって、思っています」
 うっとりと、壁の彼を見つめて。そんな春歌を見ながら、
「それが、早乙女学園志望の理由?」
「はい」
「…そう」
 海羽の手が、春歌の頭をくしゃりと撫でる。
「…いいね。夢があるって」
 ぽつ、と。海羽はそんなことをこぼして。
「え?」
「ん、なんでもないよ。叶うといいね」
 春歌の頭を、そのまま自分に寄せて、背後から抱きしめる。
「っひゃ…」
「はーい、そこ! いちゃつかないでくださーい。まだ片付けが終わってませーん」
「終わればいいの? じゃ、さっさとやっちゃおう」
「えぇー! 海羽さん、あのっ」
「あーあー、終わればもう、春歌好きにしちゃっていいから」
「わーい、ルームメイトの許可出ましたー」
「トモちゃん、そんなぁぁぁぁぁ」



 笑いの絶えない、にぎやかな時間だった。
 春歌と友千香の部屋を片付けて、海羽は自分の部屋に戻る。
 照明をつけず、窓からの月光だけのその部屋は、青白い光に彩られた。
 ここは、寂しい空間。
「…これも愛なの? …」
 呟いて、寝台に身を横たえる。
 海羽は、がらんと開いている部屋半分を見た。
 普通なら、あちら側にはルームメイトがいるはずだ。
 なのに。
「こんな広いとこに一人じゃ、楽しくないよ…」
 人数の都合か、海羽は同居人なしでこの部屋に入れられた。
 先程までとは打って変わった、静かすぎる部屋の中。
 思い出すのは、今日巡りあった様々な“音”。
 それは、ただのノイズであったり、誰かの声であったり。
「…ねぇ…ほんとは、もう、……」
 その先は、言葉にならなかった。
 スイッチが切れるように、海羽はすぅっと眠りに落ちる。
 小さく光った目じりの涙が滑り落ちて、シーツに溶けた。

 ほんとうは。
 この指が奏でだす“魔法”なんて、投げ捨ててしまいたいのに。
 
 






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2013.05.11 初アップ
2013.11.11 第一改訂

 新学期から開始。
書いている私自身が、楽譜を読めないので、
そんなんでも作曲家ってやってけるのかなと
思いながら海羽を設定しました。
 第一稿では、もっと普通のおねぃさんだったのですが…
 アニメを見てから、再構築したら、
何故かボクっ娘になっていたと言う…あれ?
 第一改訂の現在(13.11.11)では、
なんとか夏休みまでは突入させていますが…
これを書き始めた頃はwebに上げる気もなければ
誰かに読ませる気もなかったので、
いろいろと適当だったんだなと…
読み返してもう、ほんっとに愕然とした…。
 とはいえ、直すのにも限度があるので、
今のところはこんな感じの海羽さんです。