「おはようございます、海羽様っ」
 ちょっとでも出遅れれば、彼女はあっという間に取り巻きの中に埋もれてしまう。
 これとよく似た光景は、同じくクラスメイトの神宮寺レンのところでも発生する。
 声をかけそびれた彼は、まぁいいか、と吐息して。自分の席の椅子を引いた。

 同じ学校・同じクラスにいるのに。
 共有できる時間が案外少ないということは、先日のレコーディングテストで嫌というほど思い知った。
 そして。
 再試で合格した今。
 一つの確信。

 一ノ瀬トキヤには、早乙女海羽が必要である

 それが、個人としてなのか、一シンガーとしてなのかが、まだわからない。





<i>Episode 3.5 Special-君はトクベツ-</i>





 昼休みになると、彼女はふいとどこかに行ってしまう。
 食堂にいるわけでもない。購買で見かけることもない…と、取り巻きの少女が言っているのを聞いた。
「そういや、いつの間にかいないよなぁ。あぁ、アレじゃね? 日向先生とメシかも」
 学生食堂のテーブル。Sクラスの男子三人が揃っての食事。
 来栖翔の言葉に、
「仲いいからね。ちょっと、カンケイを勘繰りたくなるくらいに」
 神宮寺レンも乗っかる。
 並ぶ二人の向かい、一ノ瀬トキヤは少しだけむっとした顔をし、
「品がないですよ、レン」
 そんなことを言った。
 三人が揃うことはそう珍しくはないが、昼食時にというのは実はあまりなかった。
 たまたま、ではない。ミーティングだ。
 今日、アイドルコースには課題が出た。“二人以上のユニットを組み、曲・歌詞・ダンスを含めたトータルパフォーマンスを提示せよ”という内容のそれは、作曲家コースの誰かに曲を依頼することも含まれている。
 この三人は、その曲を早乙女海羽に持ちかけるつもりでいるのだが。肝心の彼女を捕まえることが、なかなかできないでいるのだ。
「けど、リューヤサンもカノジョも、成人はしてるわけだし。あの雰囲気からして、すでに“できあがってる”ってのもなくはない。カノジョはボスの血縁で、リューヤサンは事務所取締役だ。そういう面からしても、最終的に…ってのは、大いにあり得る」
「そう言われるとなー。確かにって思うけどよ。あんまこういう大勢いるようなとこで話すのはマズイんじゃねぇ?」
「おチビちゃんは、ヘンなとこで道徳的だね」
「ヘンてなんだ、俺はお前みたいな素行不良と違うぞ」
「うわ、ひどいこと言うなぁ」
 年齢が違っても、ここでは“同級生”だから。そんな枠内で親しくなった三人の間に、上下らしいものはない。少々の嫌味を含むような発言も、心底不快だということもない。
「とりあえず、この中で海羽の連絡先とか知ってるの、お前だけなんだからさー、トキヤ。何とか捕まえてくれよ」
 と、翔に言われて。
 トキヤは、きょとりとした。
 …そう言えば。
「いえ、知りませんよ」
「っは?!」
「え、イッチー、メルアドとか教えてもらってないの?」
「ないですね」
 えーっ!
 翔とレンのステレオ放送に、トキヤはまた渋い顔をする。食事中なのに騒々しい…と思う以前に、よく考えれば確かに『えーっ』かもしれない、とも思う。
「そりゃダメだ。イッチー、そんなんだから不合格だったんだよ」
「お前…一回こっきりかもしれなかったけど、一緒にやろうってんなら、もう少しコミュニケーション取ろうって姿勢見せないと。まぁ、向こうがそう気安く教えてくれるかわかんないけどよ」
「必要を感じなかったので」
「今、まさに必要だろうがっ」
 ごもっともだ。
 まさか、こうも捕まえにくい対象だとは思わなかった。
 実際、海羽はレン同様に目立つ存在だ。常に多数の取り巻きを連れている点で。
 女子生徒のざわめきが聞こえる場所には、大抵どちらかがいる。
 けれど、見つけたからと言って、あの鉄壁のディフェンスを超えられるかというとそうでもない。
「ま、取り巻きのレディたちと楽しくご歓談中のところに、割り込んではいけないよな。俺の方ならともかく、海羽サンの方のは種類が違うし」
 レンの言う通りなのだ。
 同類と思われるレンと海羽だが、決定的な違いはその“取り巻きの種類”だろう。
 レンの方は、女性が近づいてくると威嚇する。海羽の方は、男性が近づいてくると威嚇する。
 崇拝対象の性別もあるとは思う。が、
「海羽サンとこのは、本物の男に多少なりとも嫌悪がある女の子たち、ってのが集うからね。全部が全部じゃないけど。あと、海羽サン本人が男嫌いだから、近づけたくないっていうのもあるし」
 そういうことなのだろう。
「お前、海羽のことって結構苦手とか思ってねぇ? 女子人気二分してるし」
 翔の指摘に、
「それはないね。なんて言うか、分担してるって感じかな。俺の方に来るレディたちと、カノジョのほうに行くレディたちは明らかにタイプが違うから。それに、目的も違うだろ。カノジョのファンの子たちっていうのは、ただキレイなものに群がってるだけだよ。本人もそれをわかってるから、より王子然として振る舞う。ホントにアブノーマルな恋を求めてる子も中にはいるかもしれないけれど、基本的には、“無害”って言うのが何よりも重要なポイントなんだよ。女の子同士のキスは、回数に入らないらしいしね」
 女子校的なノリはわからないけど、なんて言って。レンは苦笑する。
「回数に入らなくたって、規則違反なんだろ」
「そもそも、“恋愛”かどうかってとこからでしょ。ファンサービスっていう範囲で留めさえすれば、規則には触れない。海羽サンは、そこのラインもよくわかってるし」
 それは、レンも同様だ。若干のタイプ違いはあれども、どこまでもこの二人は似ているのだなと、トキヤも翔も内心で呟いた。

 とにかく、課題のためにも早く海羽を捕まえて依頼をしなければならない。
 今日の午後は、コース別の授業だから、授業の合間にそんな話を…という間もないだろう。
「…ねぇ、イッチー」
 食堂から、教室に戻りすがら。不意に、レンが問いかけてきた。翔は既に、音也の誘いで食後のサッカーに出かけてしまっている。
「なんです?」
 並んで廊下を歩く二人。やけに目立つのは、その容姿ゆえにだろうか。
「海羽サンて、どんな人?」
 ぴた、と。トキヤの足が止まる。
 一歩先でレンも止まって、振り返った。
 トキヤは、あからさまに考え込む表情で、固まっている。
「え、そんなに悩むこと? 簡単にでいいんだけど。俺はまだ、カノジョとはほとんど話したことないから」
 嫌われている、というか、避けられているような感じはしていた。海羽は、レンには絶対に近寄らない。翔は、その持前の気さくさもあってか、物おじせずに彼女に話しかけたりしてはいたが…今のところは社交辞令的なやり取りしかしていないと聞いた。
 トキヤは違うはずだ。レコーディングテストのパートナーとして試験に挑み、不合格になっても同じ相手でリベンジもした。少なくとも、全く相手にされないレンやそれなりにしか相手をしてもらえなかったという翔よりは、ずっと彼女と接している。
 けれど、
「…どんな、と言われても。私も結局、いまだに彼女が“どんな人”なのかは…」
 よくわからない、と。トキヤは首を横に振った。
「わかりたいと、思いはするのですが」
「ふぅん?」
「彼女の持つ、音の力を…私は欲している。彼女の音楽があれば、もっと先へと行ける…と思うのです。けれど、彼女がそれを望んでいないから、…何というか、煮え切らないというか」
 踏み込んでいいものかと躊躇する。
 テストのリベンジ用の曲作りで、思いがけない面を知ることはできたが、多分それ以上は無理なのだろう。現状では。
 俯いたトキヤを見て、レンは思案顔をする。
 レンからすれば、このトキヤの様子も少々意外だった。一ノ瀬トキヤという人間は、もっと傍若無人で、目的のためには手段を択ばないようなところがあると思っていた。それが、一人の存在を傍に寄せられずに悩んでいる。相手がそれだけ手ごわいのか、それとも。
 一度の失敗で二度と手が届かなくなることを怖がっている、のか。
「そんなにすごいの? カノジョの音楽って」
「…一緒にやってみれば、わかると思います。誰でも、ではないのかもしれませんが。少なくとも私は、…彼女以外の曲を歌おうなどと思わないほど、取り込まれてしまっていますから」
 それは、自嘲気味の苦笑。
「お前がそこまで言うんなら、よっぽどなんだろうね。確かに、最初に二人がやった時も、息の合い方とかすごいって思ったけど」
「しようと思ってしたことではありません。彼女が私に合わせて微調整をしたというか…とにかく、これは体感してみないことには。説明のしようがないのです」
 それまで、挨拶を交わすことすらなかったのに。しいてあげるならは、歌う直前に二言三言の会話をしただけで。まさかたったそれだけで、トキヤのシンガーとしての癖やらを見抜いたとも思い難い。だからこそ、あの時トキヤは呆然としもしたし、龍也の『魔法使い』発言を、素直に受け入れもした。
「へーぇ。じゃあ、課題曲でご一緒できるのは楽しみだな」
「えぇ」
「…俺でも取り込まれるのかな、カノジョの音楽に」
 そんな、レンの言葉の後。
 トキヤは、少し複雑そうな顔をした。
「かも、知れませんね」
 そう言いながらも、なんとなく感じ取れる『それはちょっと困ります』的な空気。
 それに気づき、レンは内心でナルホドと呟く。
 多分、トキヤはまだ、はっきりと自覚はしていないのだろう。彼女の音楽を素直にすごいと思い、皆に知ってもらいたいと思いつつも、独占したいとも考えている。
 音楽を? それとも、彼女自身を?
 問うたところで、逆にレンの方がやれ恋愛脳だのと馬鹿にされてしまうだろうから、ここは言及はしない。
「ま、何にしても、本人になんとか接触して、課題曲の依頼をしないとね。俺が行ってもかわされるだろうから、イッチー、よろしく頼むよ」
「三人で行くのが筋では?」
「それはそうだけど。揃うの待ってたら、逃げちゃうかもしれないだろ? だから、チャンスがあればその時に、イッチー一人でもアタックしちゃってってこと」
「アタックって…。そこまで勢い付けなくてもいいでしょうに」
「そうかい?」
 わかってないねぇ、と思いつつ。これじゃあ、彼女のところまで彼の想いが届くのは結構先かもな、なんて。
「人気者を確保するっていうのは、案外気力のいることだよ」
「あなたがそれを言いますか」
「俺だから、言えることだとは思わないか?」
「…はぁ」
「え、なにその溜息!」
「呆れるを通り越して感心すらしますよ、あなたのその自意識過剰…」
「過剰じゃないだろうがっ」
「自分で言ってしまうところがいやらしいという話です。もう少し謙虚に生きてみては?」
「お…っ、お前に言われたくない…ッ」
 どの口が謙虚なんて言葉を。
「まぁ、万が一にもレンに謙虚さなどあったら、熱の有無を確かめてしまいそうですが」
 ふ、と笑って。歩き出したトキヤは、絶句しているレンの横をすり抜ける。
「…ほら、レン。行きますよ」
「ほんとに可愛くないね、お前って」
「あなたに可愛いなんて思われたくないですよ。鳥肌が立つじゃありませんか」
 刺さる言葉を容赦なく吐く。
「…そういうことを言うとだな。とことん邪魔してやろうかって気になるよな」
「邪魔? なにをです?」
 お前の、その淡すぎる恋心をだ。
 …と、言いかけて。レンは、おっとと口を閉ざした。これは、黙っておいた方がいいことだ。自覚一歩前辺りをからかうのも面白いし、自覚後にどれだけ自爆と誤爆を繰り返すのかを見るのも楽しみになる。
「なんでもないよ」
「…なにか企んでいますか」
「人聞き悪いこと言わないでほしいな」
「日頃が悪いのですよ」
「……ほんっとに、お前、ヤな奴だねぇ…」
 苦笑して言いながらも、並んで歩く。
 かの魔法使いが教室にいるといいねぇ、なんて会話をしながら。



 その後。何とか彼女を捕まえたトキヤが課題の依頼をし、彼女の二つ返事で了承を得た。
 またキミに曲を作れるの嬉しいよ…などと、綺麗な笑顔で言われて。トキヤの胸がきゅっと痛んで。これは何なのだろう、と疑問に思う一方で。
 別の場所にいるクラスメイトが、『ちゃんと恋になるのかねぇ』とひとりごちたりする。

 今はまだ、誰もがその“トクベツ”に気が付いていない。







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