<span style="color:#ff0000">*本編とは全く関係のない、独立したお話しです。</span>











 追いつかなくなってしまう。
 そんな焦りから生まれた“計画”だったことは、本当は黙っていたかったのに。





<i>Ex.『The birthday present of lateness 〜Ai side〜』</i>





 事務所に寄ったら、彼女が来ていると聞いた。
 ミーティング用の小部屋に関係スタッフ達といた彼女は、春らしい明るい色のニットにスリムジーンズ。髪を束ね、ニットと同系統の色のシュシュで飾っている。
「女装…」
 つい、声に出してしまって。渋い顔をされた。
「悪かったね、女装で」
 薄い化粧、控えめのリップ。初めて見る色だ。
「悪口を言ったわけじゃないよ。口紅を変えた?」
「さすがに目ざといね。新色だって、もらったんだ。この間、CMの曲やったからその縁で」
「へー。得だね」
「おかげさまで。…で? 珍しいね、こんなところで会うなんて」
 その発言に、少しムッとする。
 こんなところで会う、も珍しいが、それ以前に“会う”こと自体が久しぶりだということには気づいているだろうか。
「来てるって聞いたから。あとでメールしようと思ってたんだけど、直接会う方がいいかなと思って」
「え? なにか用事?」
「…プライベートだけど。今日、遊びに行ってもいいかって。クエスト止まっちゃってて、手伝ってほしいんだ」
 それがゲームの話だということは、彼女とその周囲にいたスタッフにもわかった。
 だから、彼女は一瞬きょとんとし、スタッフたちは暖かい微笑でその場を和ませた。
 大人びてると思ってたけど、やっぱり中身は年相応だね…なんて。
「ネットじゃだめなの? 時間合わせるよ」
「できれば、ローカル通信で。インターネットにすると、他の人も入ってきそうだし。ミウと二人でがいいんだ」
「んー、ミーティングもう少しかかるよ。美風はもう上がり?」
「うん。じゃあ、部屋の鍵貸してよ。食事作って待ってるから」
「え、助かるー」
 会話の内容と言うか、雰囲気は完全に姉弟だ。似た要素の多い二人だから、余計にそう見える。
 彼女は自分のカバンから部屋の鍵を出すと、彼の掌にチャリンと落とした。
「終わり次第、すぐ帰るから」
「うん」
 鍵を握りしめて、“弟”は帰っていく。
 それを見送った“姉”は、なんとなく様子がおかしいかな、と呟いた。
 もしかしてゲームは口実で、なにか話したいことでもあるのだろうか…と。





 食事は、もしも帰りが遅くなっても簡単に温めなおせた方がいいだろうと思ってシチューにした。以前、好物だと言っていたはずだ。
 出来上がり、時計を見て。ちょうどそのタイミングでメールが入った。今から帰る、と。
「予測よりも八分の遅れ、かな」
 でも、予定範囲内の誤差だ。十分に間に合う。
 コンロの火を確かに切ったことを確認してから、彼は“支度”を始めた。


 かちゃん、と。玄関のドアが開いて閉まった音がした。そして、足音が聞こえて。
「ごめんね、お待たせー」
 LDKに現れた彼女が、びたっと止まって立ち尽くした。
「…お帰り」
 彼女を出迎えたのは、……女学生だ。
 髪をゆるく二つ分けにして結び、白いブラウスにリボンタイ。少しだぶっとしたセーター、ミニのプリーツスカート、ニーハイソックスで絶対領域まで忘れていない。
「…ごめんなさい、部屋間違えました」
 たっぷり絶句した後、彼女は踵を返すが、
「間違ってないよ、ミウ」
 その女学生が彼女の名を呼んだから。
 恐る恐る振り返る。
「顔までいじってないんだから、いくらなんでもわかるでしょ」
 確かに。声も装っていないから、…わかる、けれども。
「美風…藍くん?」
「何を確認してるの? ボクが美風藍かってこと? それとも、ボクが男かってこと?」
 両手を腰に当て、呆れ顔をした女学生は、間違いなく美風藍だ。
「どうしたの、今度の役は女の子なの? お衣裳持ってきちゃっていいの?」
 同じような言い回しをして、彼女はLDKに入ってくる。
「違うよ。これはその、…この間仕事でこういうの着て。なんかすごく褒められたから、ミウにも見せたいかなって思って」
 というのを、かけらも照れたりせずに言うところが間違いなく“美風藍”だ。
 彼女は、上着を脱いで近くのハンガーにかけると、
「女装か…。まぁ、若いアイドルは通ってしかるべき企画だけども。美風はなんか、違和感なさ過ぎていじりにくそうだな。でも可愛い、さすが、って感じ」
 そう言って笑いながら、
「どうしよ、先に少しやる? まだあんまりお腹すいてなくてさ。差し入れのお菓子とかあったから。でも、せっかく美風が作ってくれたんだから、食べないと悪いかー」
「いいよ、シチューだからすぐ支度できる」
「あ、ほんとー? いや、いい匂いしてるなとは思ってたけど、これは嬉しいな」
 ゲーム機取ってくるね、と。寝室の方に入っていった。
 それを。
 彼は、静かに追いかける。

 ベッドサイドの小さなランプだけが明かりを提供している部屋。ベッドの上でゲームをしてるんだ、というのがはっきりわかる、枕元に本体と攻略本が置かれていた。
「ミウ、だらしない」
 後をついてきていることは気づいていたから、彼女はさして驚かず、
「だって、ここなら転がってできるじゃんかー」
 なんて言って。
 振り向いた瞬間、真後ろに彼がいることに驚いた。まさか、こんなに近くにいたとは。
「おわ、なになに?!」
「…真後ろに立っても無警戒とかさ。ミウ、感覚鈍ってきてるんじゃないの?」
「美風相手に警戒もないでしょ」
 その言葉の直後。どん、と。結構強い力で、彼女は突き飛ばされた。
 倒れた先はベッドの上だから、怪我をしたりはないが…
「っ、美風、何すんのさっ」
「何って。押し倒した」
 彼女が起き上がる前に、彼がのしかかる。
「え?!」
「違うか。突き飛ばして、組み敷いた…かな」
 冷静に彼は言う、が。
 薄明かり、女学生に組み敷かれている彼女の図は、何て言うか、…ソレ系のAV的ないかがわしさが漂う。
「…ねぇ、ミウ」
「な、なに?」
「さっき、可愛いって言ったよね。ミウは、こういう格好が好き?」
 問いかけに、彼女はその意図がわからずに首を傾げる。
 彼は、伝わらないという苛立ちを少しだけ見せ、
「ミウは、女の子の方が好きなんでしょ?」
 じり、と彼女が後退した分、彼もまた、ずいっと身を進める。
「それは、うん、まぁ」
「こういうの、好きなんでしょ?」
「…っ待って美風、ボクは確かに女の子が好きだけど、なにも女装をしろとか言ってるわけじゃなくって」
「でも、男より女の子の方がいいんでしょ」
 それは。
 返答に困った彼女が、彼が一体何をしたいのかが今一つ酌めずにじわじわと追い詰められて。
「これなら、…この格好なら、少しは違うかと思って」
「な、なにが?」
「ミウは男嫌いだって。だから、一定以上近づけないって聞いた」
「や、まぁ、男嫌いだけど、別にそんなそこまでしなくたってゲームくらい」
「ゲームは口実! …あ、いや、手伝ってほしいのは本当だけど」
 やっぱり口実なのか、と。彼女は脳内で呟いたが、どうもこれは思っていたのと違う。
 今までも、同じ部屋でゲームをしたり話をしたりというやり取りはしてきた。何をいまさら、そんな女装までして。
「ごめん美風、さすがにわかんない…」
 彼は、ひどくもどかしげな表情をした。
「こういう格好なら、…ミウが“その気”になってくれるかなって思ったんだ」
 ぼそり、と。
 距離が近いから、小声でも十分彼女に届いた。
 だが、
「え?」
 訊き返されてしまって。
 彼は、はぁ、と溜息をつき、
「もう、いい。あんまり無理矢理にはしたくなかったから、これは歩み寄りのつもりだったんだけど」
 彼女の背が、ついに壁に辿りつき。これ以上下がりようがなくなった。それでも彼は、距離を詰めていく。
「みか、ぜ?」
「認識変えてよ、ミウ。嫌われたくはないんだけど、このままももう嫌なんだ」
 こんな風に近づかれて、彼が何をしようとしているのかがわからない…ほどには、彼女も鈍くはない。
「ちょ、どうしちゃったの? エラー出てる?」
 近づいてきた彼の唇を、掌で防いで。
 彼は、あからさまにムッとして、口に当たっている彼女の掌をぺろりと舐めた。
「っひゃあ!」
 悲鳴を上げ、彼女がその手を引っ込める。
「エラーなんか出てない。…出そうだけど」
「だめじゃん、それ」
「誰のせいだと思ってるの」
「っえ、なんかした?!」
 したというか、してないというか。むしろ何もしてないからこそ、というか。
 彼は、溜息をついた。そして、うなだれるように頭を下げると、彼女の肩に額をつける。
「ずっと、エラー寸前。キミのこと考えて」
「ボクの?」
「…原因を知りたくて、とにかく調べて…出た結論は、正直『まさか』って言いたいところだったけど、逆に納得がいったっていうか…我ながら高性能だなって」
 彼の手が、彼女の二の腕を掴む。
「ミウは信じないかもしれないけど」
「なに、を?」
「ロボットが恋をする、なんて」
 そのセリフの後に降りた沈黙は、どんな意味合いのものだったろう。
 彼は彼女の反応を待っていたのだが、黙ったまま微動だにしない彼女の方は…ノーリアクションなのか、それとも。
 不安になって、彼は頭を上げる。ごく近くに、彼女のぽかんとした顔。
 想定の範囲内。だから気にせず、その至近距離のままで、
「好きなんだ、ミウ。キミのことを考えると、熱暴走通り越して回路が焼き切れるんじゃないかって思う。初めはこれがなんなのかわからなくて、壊れたんじゃないかって…でも、自分が壊れたとして、何が嫌だったって…もうミウに会えないかもしれないってことだった。突き詰めると、全部がミウなんだ。発端も、結論も。ボクの中のなにもかもに、キミがいた」
 侵食されたみたいに、と。
 そう言って、彼は呆けたままの彼女の唇に触れるだけのキスをした。
 瞬間、はっとしたように彼女が身震いをする。
「こんな、軽いキスじゃ足りない。もっと近づきたい。触れ合って、重なっていたい」
「美風…」
「おかしいと思う? 機械なのにって。プログラムのくせにって。人間みたいなこと言ってるんじゃないって罵る? ミウは…ボクが嫌い?」
 彼の瞳が、彼女の瞳を覗き込む。
 彼女は、
「ね、美風。どうして女装なんかしてるの?」
 そんな問いかけを投げてきた。
 今の彼の問いには答えずに。
 彼は、むぅ、と軽く口を尖らせ、
「…だから。ミウは女の子の方が好きだっていうから。女の子の格好をすれば、…それがミウの好みにかなってれば、…キスくらいはできるかなって」
 もそもそと。
「だって、このままじゃあ…ボクはずっと、弟のままで…」
 もともとの年齢差は絶対に縮むことはない。それは、ロボットだろうが生身の人間だろうが変わらない。けれど、彼には別の不安があった。
 彼が、人でないが故の。
「…この間、一応ボクの誕生日があったでしょう」
 彼女の腕を掴んていた手が、するっと背に回る。そのまま抱きしめられて、彼女は一瞬呼吸を詰めたが、抵抗も抗議もせずにそのまま黙っていた。
「成長期、っていう年齢だから、外見の見直しをって言ってたんだけどね。事務所の意向で、現状維持になったんだ。もともと、設定年齢より大人っぽく作ってたから、外見に年齢が追い付いてきた…みたいな感じでいいって。でも、ボクはそれじゃ嫌だった。だって結局、これは子供の体じゃないか」
 発展途上の子供の体。
「釣り合うどころか、誰がどう見たって弟でしかない。そのうち、親子みたいになったりするかもしれない。もちろん、そうなったってボクはミウが好きだけど、出会った時点からミウは大人で、男嫌いって言っても周りは男ばっかりだし」
 普段、ほとんどを男装で過ごす彼女でも。今日のように、はっきりと女性だとわかる格好で出歩くこともある。ましてや、身内は皆、彼女をきちんと女性として扱っているし、…ありていに言うならば、彼女はモテるのだ。
「このままじゃ絶対に追いつかない、置いてかれるだけだって。だからどうしても、我慢したくなかった」
 彼女を抱きしめる腕の力が強くなる。
「外見が据え置きってことになって、博士が『外見に影響しない部分で、改善したいところがあるか』って言うから。一つ、お願いしたんだ」
 なにを、と。彼女は音にせず、首を傾げる仕草で問う。
 二拍ほどの間があいてから、彼は言った。
「<S>    </S>セックスができるようにしてほしいって」
 直後、どくん、と大きな心拍を感じた。腕の中の彼女からだ。
「ミウとしたいからって言っちゃったよ。博士、驚いてたけど…断らなかった」
「……そ、それは、さすがに、何て言うか…」
 彼が感じ取っている彼女の心拍は、どんどん早くなっていく。
「どうすればいいのかは、自分で調べたから。多分大丈夫。すごく丁寧に説明してるサイトもあって」
「いや、美風…それって十八歳未満は閲覧禁止のサイトなんじゃ」
「そんなに過激な内容じゃなかったけどなぁ。まぁ、ピンキリなんだなって思ったけど」
「アイドルなのに、まさかそんなハウツー…」
「アイドルだけど、…人間みたいに生理現象や本能があるわけじゃない。したいって思うのはミウにだけで、誰でもいいとか何でもいいとかじゃない」
 継がれる言葉に、彼女は「うぅ」と唸った。
「やっぱりダメなの? ミウは、ボクとはしたくない?」
 上昇している彼女の心拍と体温が、嫌悪からではないと思いたい。目に見えて、触れてわかる範囲はいくらでも分析できるが、彼女の心の中はいつだって解析不能のブラックボックスだ。もちろん、それは彼女に限ったことではないのだけれど。
 これほどまでに“解りたい・知りたい”と望むものなど、他にはない。

 もう、どうにも。物理的にも逃げ場がなくて。彼女は、小さく吐息した。そして、
「…なんか、らしくないほど唐突。本能で異性を求めたりしないキミなら、もっとドラマや漫画のテンプレみたいな告白劇でもするんだろうかって思ってたのに」
「もう十分悩んだし、いろんなパターンのシミュレーションもした。その上で、変に気取らないでするっと言った方がいいって結論なんだ。芝居掛けたって仕方ない、伝えたいのは“どうしようもないほどミウが好き”ってことだけなんだから」
 一番シンプルに、余計なことは排除して。それは、伝えたい要素を明確にするのももちろんだが、彼女に逃げ道を与えないためでもあった。躱すことに長けている彼女は、いともたやすく彼の純真を押し戻してしまう。手玉に取る、というと聞こえは悪いが、気が付くと本題をずらされて流される…という可能性は、極めて高い。
 そしてなにより、ストレートな言葉にこそ弱いのだという分析データがあったりもする。変化球は、…意図して逸らされるよりも気づいてもらえないパターンも。
 彼女は、やれやれ、と溜息をつく。
「気づいてあげられなかったこっちも悪かったのかもしれないけど、美風、キミの見た目がそんなだと、これって逆じゃない? って思っちゃう」
 彼はきょとんとして、彼女を見つめる。
 彼女は、手を伸ばして彼のスカートをつまむと、
「短いスカートぴらぴらさせちゃって。どっちかって言うと、ボクのほうが美風をいただきますになるよね、これだと。めくりあげたくなるじゃん」
 と。
 その後、一秒の空白。
 そして、
「じゃあ、ミウがこれを着るんだね」
 回答提示。
「どういう思考手順踏むとそんな結論になる?!」
「女装の必要がなくて、女装してるからボクが食べられる側になるってことは、服を交換すればボクがミウを食べていいってことに」
「な・り・ま・せ・ん!」
「ならないの? でも、見たい」
 おねだりの目線は上目使い。コツもツボも心得ている彼は、その仕草でじっと彼女を見つめた。
「ねぇ、見たい。…お願い」
 下から来られるととにかく弱いおねぇちゃん気質…彼女の弱点をよくわかっている。
 これを使っていいところとそうでないところの判別も、もちろん計算済みだ。服を変えたからと言って彼女が彼との性交渉を了承しないのであれば、それはそれ。そこまで、この“おねだり”で押し切るつもりはないし、そうして望みがかなったとして、それはかなったと言えるのかどうか。
 “渋々の了承”では、自分が満足しないと彼もわかっている。
 けれど、…こういう普段しない格好をさせるのが“渋々”なのは、…たぶんそんなに悪いものではない。
「美風は…ボクがそういう格好をしたくない理由は知ってるよね?」
「聞いた。でも、ボクはミウの肌を見ても、他のニンゲンみたいに嫌悪はしない。ニンゲンは、種類によって肌の色が違う。なら、ミウの肌がどうでも、それはそんなに問題にはならない。キズアトがないことが美しい? でも、ミウはミウで、それだけで十分価値があると思う。ミウが気にして隠しすぎるから、余計によくないんだよ」
 言いながら、彼は一度彼女から離れた。そして、今着ている“女学生セット”を脱ぎ始める。
「っちょ、こらこら!」
「なに?」
「なに、じゃない! なんで脱いじゃうの!」
「…話聞いてたよね? ボクが脱がないと、ミウが着れないじゃないか」
「着るだなんて言ってませんが?!」
「……着てよ。ちょっと遅れてるけど、誕生日プレゼントってことで」
「意味わかんないですよ?!」
「物とか別に、欲しくないから。欲しいのはミウ、またそれに関するもの。特別なミウが見たいな」
 オマケのように、アイドル仕様の微笑をつければ、彼女は頬を染めてぐっと言葉を詰まらせる。
 その隙に、手早く衣裳を脱いで簡単に畳むと、それを彼女に差し出した。やや強引に手に持たせて、彼はすぐにそばにある掛布団にくるまる。裸、なわけではなかったが、
「一応、着替えは見ないから。終わったら呼んで」
 頭から布団を被って、待機開始。
 彼女の方はと言えば、渡された衣装一式を持ったままぽかんと放心状態だ。
「……着ないとだめ?」
「うん」
 布団越しの、くぐもった声。
「…着るだけだからね?」
「だけって?」
「キミの手で脱がす、とかというオプションはつきませんってことだよ」
 そこから、しばしの空白。
「美風くん、お返事が聞こえません」
「返事、したくない」
「じゃあ、着ません」
「ミウ、ひどい」
「ひどくない。一個我儘を聞くので、美風くんも一個我慢してください」
「……しかたないな」
 ひどく不本意そうに、そのセリフが聞こえて。
 彼女は、盛大に溜息をついた。
「このトシで女学生仕様…なんなの、何の罰ゲームなのコレ…」



 おとなしく待っていた。
 想像もせず。
 とにかく、本物だけを記録に残したくて。
 内部時計が、五分経過を知らせた。
 そんな頃合いで、
「…着たよ」
 合図が来て。
 彼は、ごそりと顔を出した。
 ベッドから降りている彼女は、確かにさっきまで彼が着ていたものを一式で着て立っている。
 白ブラウス、結んだ襟元のリボン、大きめセーター、ミニのスカート、ニーハイソックス…
「このコスプレ感…最悪」
 げんなりして彼女は言うのだが。
 彼はどこか呆然としつつ、
「ミウ」
 ベッドの上から、彼女を呼んだ。
 手を伸ばすと、彼女はやや恥ずかしそうにしつつ、その手を取ってベッドに上がる。膝立ちで、彼の前に。
「…そんなに気になるの? ちょっとしか見えないじゃない、ヤケド」
「足全部出したら、結構はっきり…だから。膝から下は、もうそんなにでもないけど」
 ニーハイソックスとスカートのすその間。明かりがあまり強くないからというのもあるだろうが、確かに少し違和感がある。
 彼は、じっと彼女のいでたちを見つめた。
「な、なに」
「ん? 別に」
 実はメモリーに保存中だとは口が裂けても言えない。もっと部屋が明るいといいのに、とは、思っても内緒だ。
「学生のミウは、こんな感じだったのかなと思ったんだけどね。そういえば、早乙女学園にいる間は男子の制服を着てたって聞いたなって思い出して」
「あの時点でハタチ越えだったからね…さすがにね…」
「似合うよ。すごく。カワイイ」
 言いながら。彼は、目の前の彼女に抱きついた。高さの都合で、彼の顔はちょうど彼女の胸辺り。男装でない彼女のその場所は…一般男性ならば、至福だろう。
「うわ、埋もれる」
「美風、キミってそういう嗜好あるの?」
「別に。ただ、柔らかいのはわかる」
 胸の谷間に顔をうずめて…この乾いた反応は、彼が人外だとわかっていても少々拍子抜けする。彼女のバストは、けっして小さい方ではないのに。
「腰も細いよね、ミウは」
 すすっと動いた彼の右手が、セーターの裾から中に入り込んだ。
「あ、こらっ」
「左の脇腹なんでしょ、キズアトがあるのって」
「触るなめくるな!」
「脱がさなきゃいいんでしょ」
「っはぁ?!」
「ボクの手で脱がす、っていうオプションはないって。なら、脱がさなきゃいいわけだ」
「なんだその屁理屈!」
 叫んだ、瞬間。
 スカートのウエストに入れていたシャツを引き出した彼の指先が、彼女の肌に触れた。ちょうど、件の傷跡があるところだ。
 思わず、びくりと彼女が身を震わせる。とっさに、だとは思うが、彼の頭をぎゅうと抱きしめた。
 まさに埋もれる。柔らかな二つのふくらみの間に。
 彼は、えーっと、と呟きつつ、
「ミウ、どう考えてもソレ、煽ってるよね?」
 回路が熱を持ってきた。彼女の心臓の音が、直接伝わってくる。
 頭上、彼女は「うぅぅ」と唸っている。自分がやらかしたことが、明らかに“それはちょっと”なことだと気付いたからだろう。
「…あのね。ニンゲンと同じかはわからないけれど、ボクも一応、ムラッとする、ってことは理解できてるしそういう感情というか反応もあるんだよ。だからこそ、ミウとしたいって思うわけだし」
「う、ぅ…」
「我慢させるつもり? これ以上、無理なんだけど」
 シャツの中に入っている手が、彼女の背を這っていく。また、びく、と震えた彼女の表情が見たくて、彼は顔を上げた。
「ちょ、見ないでっ」
「…なにその可愛い反応」
「美風、ホントにおかしいね?!」
「…おかしくない。真っ赤になってぎゅって目を瞑ってるミウが、可愛いっていうのは事実」
「だからっ」
 反論するその様も、必死なところが可愛くてたまらない。

 <S>    </S>あぁ、ダメだ。限界突破。

「ミウ、もう無理。どうしても嫌なら、ボクが壊れるくらい思い切り突き飛ばすとかして」
「え?! っ、ちょ、……っ!」
 息をのむ彼女の両手が、彼の両肩を掴む。
「美風!」
「言葉で制するくらいじゃ止まらない」
 彼の右手が、器用に彼女のブラのホックを外した。コツを知っているのかと訊きたくなるくらいに、とてもあっさりと。そしてそのまま、掌は前に回ってそのふくらみをやわやわと掴む。
「み、」
「本当にすごく柔らかいんだね…うん、この感触は好きだ」
「冷静に分析しないでっ」
「突き飛ばさなくていいの? そんな抵抗じゃ、嫌がってるようには思えないんだけど」
「〜〜〜〜っ、キミって子は!!」
「壊れると困る?」
「当たり前でしょう?!」
「…それ、なんのため?」
 少し低く、彼は言った。
 なんのため。
 美風藍、という“商品”が壊れるのは困る? 事務所の人間として?
 なにやったの、と訊かれた場合、自分が性的に襲われかけたから渾身の力で突き飛ばしたら壊れた…と、正直に言うのが嫌?
 職務、保身、…他に何があるの?
 彼の意識下に、暗い模範解答がいくつか並ぶ。
「ねぇ、ミウ。ボクは本当にミウが好きだよ。全部、ボクのものにしたいんだ。音楽でつながるのももちろんだけど、…カラダもつながりたい。心だって、…つながれると思ってる。ボクに心はないかもしれないけれど。プログラムでしかないかもしれないけれど。でも、こんな風にミウを欲しいと思うことが、誰かに仕組まれたことだなんてありえない。これはボクの意思だ」
「それは、わかったってば…」
「本当に、本当のこと言って。嫌なの? ダメなの?」
「………」
 答えない彼女は、見られたくないのか顔を横向けてしまっている。髪が邪魔して、表情はわからない。
「…ミウ」
 不安と、焦れと。彼は、左手をするりと動かした。彼女の足を撫で、太ももを這い、そして。
「っ、みか…っ!」
 ほんの少し開いていた、両足の間。許可なくそこに触れるのはどうかとも思いはしたが、本当に嫌ならばこの後にこそそれなりのリアクションがあるだろうとも思った。
 けれど、
「…コレ、答えってことで受け止めていい?」
 今まで以上に大きく震えた彼女が、均衡を失って彼に寄り掛かるように脱力する。
 指先が触れた、そこは、布越しでもわかるほどに湿っている。
 彼が集めた知識の中には、ここが濡れるのは嫌ではない証拠だというのがあった。
「嫌じゃないって、ボクとしてもいいって。…言ってほしいな」
「…っ、いいかげんにっ…」
「しない。ミウ、わかるでしょ。ボクの手とか、すごく熱くなってるの。熱暴走どころじゃない。これ全部、キミへの想いだから」
 左手をスカートの中から出し、代わりに彼女の頬に触れさせる。彼女の方もまた、かなり体温が上がっていた。
 ニンゲンも熱暴走ってするのかな…なんて。そんなことを考えていると、脱力していた彼女がそのまま彼の首に抱きついた。
「ミウ?」
 かかった体重を支えきれず、彼は後ろに倒れそうになる。そのままだと壁にぶつかる、と思いきや。彼女が掌を壁に着き、傾く方向をぐいっと曲げた。
 後ろではなく、横に倒れる。
 ぼふん、という衝撃。ベッドが軋む。
「み、う?」
「責任取りなさい」
「え?」
「人がっ、一応公衆良俗やら世間体やらをあれこれ考えた結果で“よき姉・よき同僚”やってきたっつのに、それをぶっ壊した責任を取りなさいっ」
 公衆良俗、世間体。
「美風藍は、まだ未成年でしょう。世の中には、淫行罪っていう犯罪があってね…基本的に、未成年には手ぇ出しちゃダメってのがあるの!」
「インコウザイ…」
「ましてや、うちの事務所のアイドルを! 関係者が食べちゃったとか! そんな賑々しいスキャンダルは、のーさーんきゅーデース!」
 口調が社長に似てきたのは、テンパっているが故なのか。
 彼は、あぁ、と吐息する。彼女が言っていることは理解している。ちゃんと、その方面も調べてあるのだ。何がネックなんだろう、という疑問のもとに。
 だから、
「淫行罪云々は、合意の上ならいいんでしょう? っていうか、これが罪になるのはミウがボクをそそのかしたパターンで、ボクがミウにっていう場合は除外じゃない? それに、スキャンダルだって…要はバレなきゃいいんだ」
 さらっと返す。
「表向きは、今まで通りでいればいいよ。そのあたりは、ボクも善処する。ずっとミウといたいから。ミウと音楽を続けたいから、わきまえるべきはわきまえる。でも、二人きりの時は、“よき姉・よき同僚”は嫌だ。ぜんぜん足りない、満足できない」
 ごそり、動いて。彼は体を起こす。ベッドの上に横たわる彼女は、そのどさくさで手で顔を隠した。
「往生際悪い」
 クレーム混じり、彼は彼女の両手を掴んでシーツに縫いとめる。
「うわ、やだやだ、見なくていいっ」
「見たいから見せて。…責任取れって言ったのそっち。ちゃんと取るよ、責任。だから、もう隠したりしないで」
 薄明かりの中。上気した彼女の顔。着崩れてしまった、“女学生仕様”の有様はと言えば。
 彼は改めて、今の状態の彼女を見下ろす。ながら、退路を塞ぐようにもう一度組み敷いた。
「…うん。すごく可愛い。たまらない、ってこういう感じか」
「勘弁してください…」
「けど、他の人に見せるのとか、…こういう格好で人前出ちゃダメだよ。ミニスカート禁止」
 押さえていた手首を解放し、今度は彼女の頭の両脇に肘をつく。近くなる距離、耳元に唇を寄せると、
「本当は、男装なしで人前に出るのもやめてほしい。心配で、エラー通り越してクラッシュしそう」
 囁くように呟く。
「ミウが可愛いって、他の誰にも知られたくないんだ。独占したい。キミのなにもかも」
「可愛いかはともかく、二人だけの時は好きにすればいいじゃない」
「うん、もちろんそうする。ミウがボクとつながったことを後悔しないように」
 責任取るってそういうことでしょ、と。小さく笑った彼に、彼女はひどく複雑そうな顔をして、
「…はいはい…」
 両腕を、彼の首に回した。
「ゲームする時間、なくなるよ?」
「誕生日プレゼント回収が先」
「プレゼント、って…」
「リボン、ついてるじゃない」
 言いながら、彼は彼女の襟元のリボンをしゅるりと解いた。
「それは…違うと思う…」
「ボクが言ってるんだから、これでいいんだよ。一番欲しかったものだから。…大事にする」
 ちゅ、と頬にキスをして。彼女の目を覗き込んだ彼が、
「だから、…ずっとボクといてね」
 そう言って。
 彼女は観念したように目を閉じると小さく頷き、淡く微笑んだ。









 深夜近く。
「いや、そういう感想訊くのはエチケット違反だよ、美風クン」
 温め直したシチューを食べながら、彼女は目の前の彼に苦言を呈す。
「だって、試験なしで使ったから、不具合とか」
「そもそも個人差のあるものだからね。っていうか、ご飯中の話題じゃないです」
「気になるじゃないか。博士にも報告しないといけないし」
 ぐっ。げっほげほ。
「ミウ?」
「そんな屈託ない眼差しで、不思議そうな顔しないで。博士さんには報告しない」
「え、でも、博士だって自分が作ったものの性能とか実際使ってみてどうとか知りたい」
「美風!」
 どすん、と。彼女のこぶしが、テーブルを叩く。
「…どうしてもおかしいと思うことがあれば、それはちゃんと言うけれど…基本的に、このテの話は他人にはしないものなの。デリカシーを学びなさい」
「じゃあ、問題なく気持ちよかったってことでいいのかな」
 どすん。また、彼女のこぶしがテーブルを叩く。
「…デリカシー、ね。はい」
 わかりました、と。これ以上彼女を怒らせまいとしてか、それきり口を閉ざした彼は、彼女が食事を終えるまでの間、目を閉じてその場でじっとしていた。
 溜息をついた彼女は、シチューを口に運びつつ、
「(大丈夫かな、こんな調子でボクら…)」
 どうにも険しそうな未来を案じて、肩を落とした。

 

 
 




<Div Align="right">2014.03.18 初アップ
Happy Birthday,For Ai.
<a href="http://garasunotenkyuugi.blog.fc2.com/blog-entry-47.html" target="_blank" title="あとがきへ">あとがきへ</a>
</Div>