<span style="color:#FF6600">本編外のエキストラストーリーです。
神宮寺くんのパートナーちゃん視点。
時間軸としては、Episode12の前辺り。</span>



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『現Sクラス早乙女海羽は、二学期からAクラスへの降格が決定している。
現状のまま成績が推移するのであれば、卒業までたどり着ける可能性は極めて低い。
諸君らには、より確実に卒業オーディションで競ってもらいたいと考える。
そのため、あらかじめ早乙女をパートナー候補から除外することを推奨する。
…以上だ』

 今日の午後、突然流れた学園長の放送。いつもの独特の口調ではない、ごくごく真面目なそれは、事の深刻さを私たちに伝えた。
 ざわめいた教室内を沈めて、担任は詳細を話してくれた。
 評価点半減、再試なし。
 課せられたハンデを聞いて、愕然としたのは私だけではないはず。
 クラス中が、衝撃に包まれつつも沈黙を保っていた。
 私たちは、よく知っている。あの人の音楽が、どれほどの輝きを見せるのかを。
 そして私は、その音楽を崇拝し、目標にと心ひそかに掲げていた。
 いつか、あんなふうに…と。
 だからこそ、その発表を聞いたときは憤りもしたし、やるせなさで胸がいっぱいで、どこにぶつけたものかと悩みあぐねて…


 屋上で、叫ぼうと思ったのに。
 まさかの先客、しかも、…レン、あなたなの?!





<i>EX.“Girl’s Side” 『王子と姫と姫王子』</i>





 勢い込んで行ったのに、どういうことかしら。
 屋上のフェンスに一人、もたれかかって。空を見上げているのは、私の幼馴染だ。
「…おや。珍しいね」
 どっちがよ。
「あなたもね。おとりまきはどうしたの?」
「今日はちょっと、ね。遠慮してもらった」
「…雪でも降るのかしら?」
「この真夏の晴天にかい?」
 嫌味だということもわからないのかしら。
「真夏の晴天に、そんなギラギラ日差しの当たっているところにいるのもどうかと思うけれど。脳みそが沸騰しているの? あなた、アイドルになるのだからもう少し」
「それはお前だってそうだろ。何しに来たんだ」
 口調が、面倒くさそうになった。
 あぁ、いつもの彼だ。少なくとも、私の知っている“彼”だ。
 そして、…機嫌が悪い時の彼だ。
「別に、あなたに会いに来たわけではないから安心してちょうだい。…少し、叫びたかっただけよ」
 私は、屋上出入り口の建物の壁に背もたれた。ここは日陰だし。
「…こっち来なさいよ、レン。日に焼けるわ」
 呼ぶと。しばらくしてから、彼は私の隣にやってきた。
「暑いのがちょうどいいくらいだったのに」
「あなたも何か、腐っているのね」
「……このタイミングで『叫びたい』とか言ってるユキティと、同じ内容っぽいけどね」
「ユキティやめて」
 大人たちが勝手につけたあだ名を呼ばれてカチンときて。けれど、彼が言った言葉を意識にとどめる。
 私と、同じ内容?
「知ったかぶりはやめてよね」
「そうかい? オレは知ってるよ。小雪姫には、声をかけたいのにいつもかけそびれて、なかなかお近づきになれない“王子様”がいること」
 したり顔で言われれば、その場でひっぱたきたくもなるわけだけれど。これはアイドル、コレはアイドル…こんな奴でもアイドルになる人なんだから、顔はやめておこう。
 …脇腹あたりなら柔らかいかしら?
「っちょ! 拳しまって! 目が怖い!」
 私の鉄拳は、彼にはすっかりおなじみのようなものだけれど。とりあえず、今回は勘弁してあげるわ。
「もー。お前のパンチ、結構重たいんだからな。ったく、レディはそんな野蛮なことしちゃいけないんだぜ」
「あなた以外にはめったにしないわ」
「俺にもしないで」
「気が向いたらね」
 こんなやりとりも、腐れ縁ならでわで。もう、何度したか知れない。


 神宮寺レンと、私、矢澤小雪は、幼馴染だ。うちの家の会社と彼の家の会社が長く取引をしている関係で、パーティに行くたびに顔を合わせていた。
 昔は、聖川真斗とも親しかったけれど…家を継ぐ長男である彼と、それ以外である私たちの間には、次第に溝ができて行った。今年、この学園で揃うことになったのは偶然だけれど、私は良かったと思っている。いつも息苦しそうだった真斗。好きなことをやらせてもらえたんだって、私は嬉しかった。…まだ、完全にではないみたいだけれど。
「俺が繋いでやろうか? “海羽様”に」
「得意げに言わないで、腹が立つわ」
「お前がアイドルコースならな。曲を頼めば二つ返事だろうに」
「仕方ないじゃない、適性の問題よ。私には、そこまでの華はないもの。それに、曲をつくるのが好きなの」
 楽器を演奏するのも。
 私の主張に、レンは小さく笑った。
「ま、俺も、お前の曲は好きだけど」
 そうよ、そんな風に笑っていれば年相応なのに。私と同じ年とかちょっと信じられないくらい大人びてるから、彼が老けてるのか私が幼いのかって余計な悩みが……今はそれは置いといて。

「彼女、どうするのかしら…オーディションのパートナー」
 頭に響くのは、今日の学園長の臨時放送。
 候補から除外、なんて。用紙が配られたのはその後で、みんな悩んではいたけれど…
「あのハンデを負ってまで、彼女と組もうってのはそう居ないだろうね」
「素晴らしい才能、それは間違いないけれど。ちょっと、重たいわ」
 忌々しい。学園長の身内だからって、なんであんな理不尽な。
 海羽様も海羽様だわ、黙って受け入れてしまうだなんて。
「…ビビリじゃなければ、イッチーが行くとは思うけど」
 ぽつ、と。こぼれた、それは。どこかアンニュイな響きを持って、私の耳に届いた。
「イッチ…一ノ瀬君が?」
 確かに。彼は、一学期の間、ずっと彼女と組んでいた。他の誰も割り込ませない、独占状態で。
 けれど、レン。それはそんなに憂鬱そうに言うことなの?
「イッチーの声は、海羽サンの音楽に合うと思う。性格とかはどうなのかなって思うけど。俺もまだ、あの二人のことをちゃんと知ってるわけじゃないし」
「それは、私も思うけれど。今までの課題とか、息もあってるし違和感もない。でも、」
 言いかけて。私は口をつぐんでしまった。
 これは私の主観、押しつけるみたいに言っていいことじゃない。
 けれどレンは、ん? と首を傾げて私を伺ってくる。親しさゆえの距離感だけど、何て言うか、見慣れてても心臓が跳ねるのが悔しい。そして、言わされてしまうのも。
「…合わせてあげてる、っていう感じが、無くもないの。海羽様は、自分の音楽をしていないのではないかしらって。特に、歌い手がいる時に」
 これは、同じ作曲家コースとしての意見だ。
 私は時々、仲間たちと彼女の話をする。私のルームメイトも作曲家コースだし、学園に来てから仲良くなった子も作曲家コース。皆、“早乙女海羽”という存在については興味津々だ。私たちの間で、彼女の音楽は“創世力”と呼ばれている。そのぐらい、神がかっているという意味合いで。
「歌い手がいる場合、最前面にはその人が立つわけだから、作曲家はあくまで裏方である…っていう理屈はわかるの。でも、海羽様は、必要以上に隠れてしまっている気がして。一ノ瀬君の曲…まだ、海羽様は彼の手を取ってはいないんだなって感じる」
 それは、信用と信頼。
 あんなに一緒にやっているのに。二人は、わかり合えていない。
「そりゃ、俺と小雪みたいに昔から知ってるわけじゃないし。男嫌い自負してる海羽サンが、そうそう自分のパーソナルスペースに男を入れるとも思えない」
「そうだけど…」
 もどかしいのよ。
 言い切れない言葉を、私は拳に込めて。背中の壁をドスンと叩く。もちろん、手を痛めないように注意して。
「もういっそ、あなたが口八丁手八丁で海羽様を丸め込むとか」
 思わず言った、これは確実に冗談だったのだけれど。
 レンは、ははっ、と笑った後に、すっと真顔になり、
「それはできない」
 はっきりと言った。
 私は、盗み見るように彼の横顔を見ていたわけだけれど、…あのレンが、こんな風に拒否するなんて。確かに、男装の人だけれど…彼女は間違いなく“彼女”なのに?
「ちょっとノせるくらいは、いいけど。あの人は…」
 消えていく、後半部分。あの人は、の後に続いた言葉を、かろうじて聞き取った。
 『その他大勢には、したくない』
 そう、聞こえたと思う。
 レン、まさか。
 あなた、まさか。
「もっとも、卒業オーディション…海羽サンは、そもそも参加する気ないかもだけどね。デビューする気ないって言ってたし」
「そ、そうなの?!」
「心変わりがなければね。ヒトの事その気にさせといて、って思いはするけど」
「…あなたの態度が変わったのは、やっぱり…?」
 レンは、入学当初から無気力だった。アイドルとしてデビューすることに執着がない。財閥の広告塔として、っていう将来が確定しているから、やってもやらなくてもその未来が変わらないから…だろうけれど。それが、不意に変化した。
 そんな気はしてた。一ノ瀬君や来栖君とのユニット曲、海羽様の作曲で作ったあの課題からだ。
 彼女は、この甘ちゃん三男坊に魔法をかけたのだ。
 他の誰にもできなかったことを。
「俺は、確実に勝ちに行きたいから、パートナーに彼女を選びはしないけど。イッチーが根性見せて、彼女と最終局面まで残れば、…」
 そこまで言って。レンは、溜息をついた。
 私は、つい。
「…本当は、選びたかった? ううん、選ばれたかったのではないの、レン」
 レンが私を見た。少し驚いた顔をして。
 何をそんな。ダダ漏れてるわよ、レン。私にわからないわけがないでしょう。
 …と、言いたかったけれどそれは黙っておいた。
「いいわ、パートナーには私を選びなさい。必ずあなたを入賞させて、デビューへの切符を掴ませてあげる。本当に一ノ瀬君が海羽様と組むのなら、あの海羽様がそうヘマをするとも思えないから、絶対に上位入賞に食い込んでくる。…ちゃんと、一緒に、デビューできるように」
「小雪…」
「向こうにその気がなくても。乗るべき流れくらい、きちんと読める人のはずだわ」
 一ノ瀬君が海羽様を指名して、彼が譲らなければ。海羽様は、不本意かもしれないけれど、この土俵には上がるだろう。
 そして、一ノ瀬君のために、曲を作る。
 彼が輝ける曲を。
 私だって負けない、レンが最高に輝く曲を作ってみせる。
 …そんなに見劣りする素材じゃないはず。
 だって、私が知っている中では、一番いい男だもの。
「……ばーか。そういうのじゃないよ」
 意気込んだ私の、頭を。レンはポンポンと軽く叩き、壁から背を離した。
「ま、パートナーにはしてあげるけど」
 そう言って、じゃ、と手を振って。どこか呆れたような空気を残して、彼は屋上から去ってしまった。
 ちょ、っと。
 なによそれ。
 逃げ出すとか、なんなのよ。
「…ヘタレンめ…」
 呆れたような空気、は、わざとだ。誤魔化したくてそうしていった。図星をさされると、レンはその手で逃げることが多い。付き合いの長さを侮らないことね、お見通しなんだから。
 …お見通し。本当にそうなら、レンは、…なんでまたあんな難易度高い人に。
「なんで、は、ないか。恋は電撃だって、お母様もおっしゃってたわ」
 恋は落ちるもの。前触れもなく。
 落っこちてしまうものなのだ。
 だからきっと彼も、…落っこちたのだろう。

 結局叫べなかったけれど、気持ち切り替わったし、気合も入ったことだし。
 あのおバカさんの恋の手助けは事のついでにするものとして。
 私は、…とりあえず、海羽様とお近づきになることから何とかしなくては。


 さしあたり、「お慕いしております」って感じでいいのかしら…?





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【後書きという名の言い訳】
ガールズサイド第二弾は神宮寺くんのパートナーちゃん。それなりのお嬢ですが、案外シビアな性格をしていて「いついまの生活から追われるかわからないから、手に職をつけて(作曲の仕事)、日々質素倹約に努める(バーゲン好き)」 という、お嬢らしからぬ面も。
そしてやはり、どこかズレている…と。
やっぱり、女の子は書いてて楽しいです。