<span style="color:#cc0000">*このお話は、本編には含まれません。本編とは別物としてお楽しみください*</span>



Ex.『The birthday present of lateness 〜Natsuki side〜』



 なんで、こんなことになってるんだ。
 海羽は、自分の置かれている状況を考える。
 確か、今日は台本読みに付き合ってくれと言われて。時間もあるから、気軽に返事をした。
 落ち着いてできるようにと、場所は海羽の部屋を提供する。防音もそうだが、突然誰かが訪ねてくることはめったにないから、集中できるだろうという配慮だ。
 台本読みは順調に進み、まぁなんとかなるんじゃないのと笑った、ところまでは間違いない。

 確かに、台本の内容は恋愛ものだった。
 一区切りつけたところだったはず、なのだが。
「何度言っても足りない。あなたを愛しています」
 いままでしていた演技の延長のような台詞だが、残念ながら台本にはのっていない。
 アドリブが開始されてしまった。
 熱に浮かされたような目が、まっすぐに見ている。
 海羽は半分固まりつつ、もう半分で思考を巡らせる。
 これは、練習の続きなのだろうか。それとも、すでに彼のスイッチは、違うところに入ってしまっているのか。
 さて、どう返すのが正解なのだろう。
 台本の中の恋人たちは、ほんの少しすれ違っている感じだった。
 …それなら。
「そんな言葉で、ボクに届くと思っているの? 何度聞いても足りない、届きはしないってこと」
 冷たさを増して、少し高飛車な印象で。すれ違うどころじゃない。
 ひるむなり、うまく繋げなくなるなりでお開きになんないかな、という淡い希望をこめてみたのだが。
「じゃあ、どうすればいい? あなたに届くために、言葉で足りないなら触れてもいいの?」
 そんな切り返しがきて。
 えっ、と思った時には引き寄せられて抱きしめられていた。
 残り半分も固まる。
 そうした辺りで、海羽は自分の置かれた状況を考えたわけだ。

 あ、なんか間違えた。

 気づいた時にはもう手遅れもいいところだった。
 アドリブじゃない。
 いきなり本気モードだったんだ。
 しかも、海羽がうっかり“自分の言葉”で返してしまったがために、それも本気モードで解釈されてしまったのだろう。
 今更、違いますとか言ってもいいだろうか。
 そんなことをぐるぐる考えていると、ふと耳元で那月が笑ったのがわかった。
「…緊張してる? 心臓の音、こんなに早い…」
 ぎくん。指摘に焦り、余計に心拍が上がる。
「そ、そんなことな…っ」
 声を出すんじゃなかった、と猛烈に後悔したのは、声音が見事に裏返ってしまってからだった。
 どっから出てるんだ、というぐらい、地声とは違う声。
 瞬間、
「あぁ、もう可愛いっ!」
 そのまま絞め殺されるんじゃないかという程の馬鹿力で、ぎゅううっと。
「っちょ…っ」
 抗議もままならない。
 暗転しかけた意識の先に、綺麗な花畑と両親と弟が見えた気がしたあたりで、
「あっ、ごめんなさい」
 ようやっと、那月が腕の力を弱めた。
 はぁ、と。海羽が大きく呼吸をする。
「…もぅ。ふざけるの禁止」
「ふざけてませんよぉ」
「じゃあ、ふざけてください」
「えーっ。やっぱり、僕のこと嫌いですか?」
 どういう発想進路を取ったのだろう。そんなことを言ったつもりはないのだが。
「そっかぁ…僕、嫌われていたんですね…」
「いやいや、言ってない。そんなことは言ってない」
「だって、僕がぎゅってするの嫌なんでしょう? 想いを言葉にしても届かないし触れてもわかってもらえないなら、嫌われてるのとおんなじです」
 …やはり、その思考回路を開けて見てみたい。
「それはもう、被害妄想の域だよ…。あのね、四ノ宮。ボクは別にキミが嫌いじゃない。でも、それとこれとは話が違うっていうか、……ねぇ、べそかくのやめてくれない?! ボクがいじめてるみたいでしょ!」
 何とか、那月の体と距離をあけて。見上げれば、でかい図体して今にも泣きそうな絶望顔。
「どーしろって言うのさ、もぅ」
 面倒くさい、とまで言いそうになったのを。何とか、音にする前に押しとめる。
 那月は、
「嫌いじゃないなら、好きをください」
 ほんの少し、拗ねたような口ぶりで言った。
 そんな言い方も珍しい、と海羽は思いつつ、
「くださいって…言われても。それは特別なものだから、こんな何でもない日にはご用意いたしかねます」
 その回避もどうなんだ、というセルフツッコミ必至な台詞。
 那月は、特別な日、と呟いて。あぁ、と、まさに“ひらめいた”な顔をして、
「じゃあ、遅刻の誕生日プレゼントで」
 にこっと笑って言った。
 遅刻どころではない。どれほど前だと思っているのか。
「意味わかんないよ!」
「もらえませんでしたからねぇ」
「知らなかったんだからしょうがないでしょ」
「今は、知ってるんですよね?」
「…うん」
「なら、だいじょーぶです」
「なにが?!」
 今度は海羽のほうが泣きそうになる番だ。
 けれど、また那月が落ち込んだ顔をしたものだから、
「……あぁ、もぅ! どうしてほしいの?!」
 弱いところを見事に突かれて、承諾を示してしまう。
 結果、目の前には那月のきらっきらの笑顔。
 しまった、と思ってももうどうにもならないだろう。
「言っとくけど、あんまり難題吹っかけてくるなら、もう二度と口きかないからね?!」
「それは絶対嫌だから、そうだなぁ…あなたからキスしてほしいです」
 すでに難題だ。
 海羽は、その場で那月をひっぱたきそうになりつつも、なんとかそれを堪えきった後、
「…わかった、よ」
 絞り出すように言った。
 実は、この言葉を聞いた那月が、心底驚いたというのは海羽には気づかれていない事実だ。
 だから、
「…ちょっと屈んで……」
 そう言われたとおりにした時点では、頬か額だと思っていたキスの位置が、まさか唇だとは思わなくて。
 触れて重なって二秒ほど。柔らかい感触と、少し冷たい温度に、目を閉じるのを忘れたと気が付いた。
「……これでいい?」
 近づいて離れた、彼女の表情の一部始終を見ていた。離れて、閉じていた目をあけて。那月を窺ったその表情に、那月は意識のどこかで何かが切れたような音を聞いた。
「しの…っ?!」
 距離を詰めて、彼女の後頭部を掴むように捕まえて。退路を失った彼女の抗議の声を、残さず噛み砕く。
 優しい、とは言えないキスを。彼女の呼吸さえ奪い取って。
 衝動八割のそれが、時間にしてどのぐらい続いていたのかはわからない。
 けれど、散々背中を叩かれて。仕方なく中断すれば、目の前の彼女は今まで見たこともないような有様。
「顔、真っ赤ですよ。もしかして苦しかった?」
 涙目なのは、呼吸が得られなかったからなのか…それとも。
「それとも、気持ちよかった?」
「脳みそ溶けてんじゃないの?!」
 即座のカウンターが、彼女らしくて。
「溶けてるかもしれないね。あなたが好きすぎて」
「こっの馬鹿…!」
「そんな真っ赤な顔して言っても、可愛いだけですよぉ。…ねぇ、もう一回、してもいい?」
「調子に乗らないで!」
「聞こえない。…んっ…」
「っ、ちょ、しのみ…っん、……ぅん…っ、も、終わりだっ…っ、て…・っ」
 今度のキスは優しくて、呼吸と抗議ができそうな隙間もあって。けれど、
「終わらないよ。…ん、っ…終われない、かな」
 時折盗み見る彼女の表情が、困惑と制御以外のものも見せるようになるから。
 その度に、ただでさえ緩い那月のブレーキが、更にきかなくなっていく。
 これで『あなたもいけないんです』なんて声にしようものなら、殴られるでは済まないだろうから、余計なことは頭の中だけで呟くことにする。
「勘弁して…よ、未成年…っ」
「僕は十八歳以上ですから。…大丈夫ですよ?」
 この“先”をしても、と。
 囁いてはみたけれど、彼女は眉間に皺を寄せて、
「し・な・い」
 きっぱりと言い切ってくれた。
 苦笑した那月が、残念だなぁ、と言いそうになる直前に、
「…キスまでしか、しないからね」
 ぽろっと、海羽がこぼして。
「それって、キスはいくらでもしてもいいってこと?」
「かっ、解釈がおかしい!」
「そう聞こえましたよぉ? わぁい、じゃあ、いっぱいしましょうね」
「プレゼント分は終わってるでしょ?!」
「今年の分だけですよ? 去年のも、その前のも欲しいです」
 無害そうな笑顔で、しれっと。
 絶句している海羽を見て、くすっと笑って、
「全部の誕生日を、あなたのプレゼントで祝ってほしいです」
「だ…大事な思い出だってあるでしょ。ボクが割り込むのおかしい…」
「それはそれ。でも、全部あなたで置き換えられるなら、思い出はなくなっちゃってもいいです。過去も今も未来も、あなたがいるなら僕はそれでいい。…そのぐらい、大好きですよ」
 彼女の頬に、唇で触れる。
「言えなかった分の“大好き”を、今からまとめて伝えてもいい? そうしたら、あなたに届くのかな」
「出会ってない時間まで足さなくたって」
「…届きますか?」
 至近距離で、じっと瞳を覗かれて。海羽は少しひるんで、視線が泳ぐ。
「逸らさないで、ちゃんと見て。僕だけを見てください」
 お願い、と。その声音は、どこか必死ですらあって。
 海羽は、うぅ、と小さく唸った後、
「…目を開けたままでキスをする趣味は、ボクにはないから」
 それが、誤魔化すための言葉だということは那月にもわかった。流されたのが“僕だけを”なのか“見て”なのかは定かではないが。
 届くとも、届かないとも言わない。それが、彼女が恐れているいくつかのせいなのはわかってる。
「じゃあ、目を閉じて」
 …と、言ったのに。
 何故か海羽は、じっと那月を見つめた。
 行動が矛盾する彼女を、不思議に思った時。
 海羽は、
「…全部遅刻でごめん。でも、」

 <S>    </S>キミがいる奇跡に感謝を。

 ふんわりとした微笑みとともに、そう言った。
「……っ」
 直後。那月はどこか追い詰められたような顔をして。彼女を両腕に抱え上げると、
「え、ちょっとっ」
 驚いた彼女の抗議も聞く耳持たずに、足早に向かったのは寝室だ。
「四ノ宮っ」
 ベッドの上に、それでも丁寧に置かれて。
「しの…」
 慌てて起き上がろうとした彼女に、それを妨害するべく那月は覆いかぶさって。
「…無理です」
 少し、低い声。
「キスだけじゃ足りない。我慢できない」
 ぎし、と。二人分の重さに、ベッドが軋む。
「あなたは狡い。想いは届かないと言いながら、あたかも届いているような言葉をくれる。期待させるくせに、あと少しと思うところで離れてしまう。…僕を試しているの?」
 真摯な眼差しに、海羽は気圧されでもしているのかろくに声も出ず。ただ、目を見開いて目の前の彼を見ている。
 試している、なんて。そんなつもりはなかったけれど。そう感じているのなら、そうなんだろうかと海羽は考える。そんな場合ではないのが現状だが、那月の苦しそうな表情を見たら、思考はそちらへと流れていく。
「もし、試されているのなら…僕は合格? 不合格? 僕が出せる答えは、“あなたが好き”ってことだけです」
 那月の掌が、海羽の頬を撫でる。
「他のことが考えられない。毎日、結局どうしたらあなたが手に入るんだろうってそればかり考えてる。あなたの音を、あなた自身を、丸ごと手に入れるにはどうしたらいいんだろうって」
 シーツに広がる、海羽の髪に顔をうずめる那月の吐息は震えていた。
 耳の傍で、呟く。
「………あなたが欲しい…っ」
 思い焦がれて苦しくてたまらない、そんな声音だった。
「四ノ宮…」
「…ねぇ、どうしてもダメですか?」
「そうとしか言えないね」
「…嫌いだから、じゃないですよね?」
「嫌いな人に、ボクがこれほどの接触を許すと思う?」
「思いません。でも、…ダメなんですよね?」
 重ねられる疑問符。
 海羽は吐息する。
「うん」
 短い返事。
 左側に那月がいるから、海羽は左腕を動かして那月の頭を撫でる。
「…あのね、四ノ宮」
 これを言ってもいいのかなぁ、という迷いはある。
「ボクだって別に、したくないわけじゃないんだよ」
 けれど、それが本心だから。
「規則どうこうとか、そういうのはね。ほんとは、どうでもいいんだ」
 聞いた那月が顔を上げようとしたのを、海羽は頭を撫でる手に力を入れて阻止する。
「今は聞いて」
 少し声を鋭くすると、那月はおとなしく従った。
「…検証中、っていう言葉が一番近いかな。まどろっこしいとキミは思うだろうけど、ボクには必要なプロセスなんだ。想いをのせた言葉を受けて、触れて触れられて。キスをして、それから。少しずつ、確認していかないと。突然、キミを拒絶するかもしれないよ」
 言い訳めいて聞こえるかもしれない。でも、大げさに言っているつもりもない。
「不用意にキミを傷つけないためにも、…ボクは慎重にいたいんだ。失えないとわかっているから。気持ち届いてないとか、そんなことない。ただ、同じだけ返せる自信は、まだないんだけど」
 那月の頭に乗せた手を退かして。彼に自由を返すと、
「…僕のため、ですか」
 ころん、と。海羽の隣に転がる。海羽も体を横向けて、
「自分のためだよ。ボクがキミといたいと思うから、きちんと考えながらじゃないとダメだってことさ」
「あなたが、僕といたいと思ってくれてる?」
「…そう言ってない?」
 自分の言葉がおかしいのかと、海羽が不思議そうな顔をする。
 那月は、
「大丈夫、言ってます」
 ふふっと笑って返すと、転がったままで海羽を抱き寄せた。腕枕をするように、彼女の首のところに腕を差し込んで、ぎゅうっと。
「四ノ宮?」
「今日は、このままお昼寝しませんか」
「と、唐突だね」
「だって、離れたくないんです。離れると、また暴走しちゃいそうで。こうして、ぎゅっとしていられれば、我慢できるかも」
 ずいぶん曖昧だ。
 海羽は苦笑して、
「かも、って。それじゃだめだよ、四ノ宮。ちゃんと我慢しててくれなきゃ」
「あ。ひどい」
 笑った後、那月の溜息が聞こえて。
「…するよ、我慢。あなたが、僕といるために今はそれが必要って言うなら。辛くないって言ったら嘘だけど。ぎゅってするのは平気? キスはしてもいいの?」
「う…ひ、人前でなければ…」
「うん。じゃあ、二人きりの時は、ずっとぎゅってしていたいな」
 こんな風に、と。腕にさらに力がこもる。
 すっかり埋もれてしまいながら、
「ずっとって、それもどうかとは思うけど。っていうか、触れてる方がつらくない?」
 我慢させる側がこんなことを言うのもなんだけど、と。海羽の言葉に、那月は、
「何にもできないよりはいいです。でも、あんまり長くは持たせられないと思うから」
 ちゅ、と彼女の額にキスをして。そのまま、唇を触れさせたままで、
「次の段階に進めそうな時、その合図は、あなたからください。できるだけ、早目でお願い」
 そう、囁いた。
「ぼ、ボクから?」
「はい。ちゃんとわかるように、してくださいね? でないと、間違えてしまうかもしれないから」
「う…ん…」
 頷いたような、困って唸っているような。そんな海羽の動揺の温度は、那月の唇を通って伝わってしまう。
「きっと今、真っ赤になっちゃってますよね? 見たいけど、一ミリも離れたくない。ジレンマです」
「見なくていいから」
「ぎゅってしてるほうがいい?」
 いいかと訊かれて、答えようがなくて更に海羽の温度が上がる。
「…可愛い」
 また、抱きしめる力が強くなる。
「苦しいって、四ノ宮」
「あなたが可愛すぎるんですよ」
「キミが“あばたもえくぼ”すぎるんだよ」
「恋は盲目、って言うでしょ? でも、誰の目が見てもあなたは可愛いですから」
 そのセリフの後、那月はすっと黙った。
 しばらく、沈黙があって。
「心配なんです。あなたが、僕といたいと言ってくれたから、少しはいいですけど…誰かに盗られてしまう前に、全部僕のものにしてしまいたいのに」
 はぁぁ、と盛大かつ切なさ満載の溜息。
「本当に、早目に合図くださいね? でないと、あなたが泣いたってやめてあげられないほど見境がなくなりそうで」
「その時は、たぶん二度とキミを見たくないと思うぐらい嫌いになると思うけど…」
「だから、我慢してるでしょ? そうならないためにも、早くって言ってるんです」
 そう言いながら、那月の唇は海羽の額から頬に降りてきて。ついばむようなキスを繰り返しながら、彼女の唇を探す。
「しの…」
「名前。呼んでください」
「…那月」
「はい」
 たどり着いた唇に、ちゅ、と。
「まだ、するの?」
「もちろんですよぉ。だって、まだ全部のお誕生日分もらってませんから」
「それ、本気なの?」
「もう、嘘にも冗談にもできません」
 手遅れです、とでも言わんばかりのセリフ。
 海羽は、仕方無げにしながらも、
「お昼寝はいいの?」
 那月の背に手を置く。
「お昼寝もします。だって、いっぺんにもらっちゃうのはなんだかもったいないから」
「さっさと終わりたいけど」
「だぁめ」
 会話をしながら繰り返した軽いキスが、一気に深さを増す。
 吐息と、舌の絡まる音とが。
 静かな部屋に、沈んで消える。

 繰り返される、那月の「好き」と。
 その度に、どこか戸惑いがちに返される海羽の「うん」と。
 求められる“誕生日プレゼント”が、一体今何年分遡れたのかもわからない。
 結局、口実でしかないなという苦笑。それを、お互いに意識に沈めて、ただ、没頭した。


 ちなみに、(渋々なれども)那月が海羽を解放したのは、数時間後のことである。






<Div Align="right">2013.06.19 初アップ
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