<span style="color:#FF0000">*音也の誕生日のための番外編。本編とはあまり関係がありません。</span>






 あの子が欲しがるものは、消耗品が多い。
 去年もその前もギターの弦やピックだった。
 誕生日、クリスマス。何欲しいの、と聞くたびに、そんな返事をする。
 その向こうには、『本当はなにもいらない』という感情が見えるから、迷惑かなとも思ってしまう。
 今年も訊いてみた。二人きりの打ち合わせ中、何気なく。
 そして、あの子は言ったんだ。

「んー、旅行行きたい、かな。二人で」

 おおっとぉ?



My Little Brother,My Old Sister(音也誕特別編)



 たくさん休めないから近くでいいよ。
 ご飯おいしいと嬉しいな。
 遊べるとこより、景色がいいとこがいい。
 二人でのんびりできるところ。

 リクエストは、活発なあの子にしては随分おとなし目で。何かあったの、と訊きそうになって思いとどまった。何かあったのかもしれない、だからそういう場所を選んでるのなら、そこに行ってから聞いてあげる方がいい。
 近場でご飯がおいしくて静かで。
 いろいろ調べた結果に出てきた場所は、山奥の温泉地。北へ行くから、まだ桜も咲いているという話で、これはいいということになった。
 雪がとけたばかり、スキー客はもう来ないし、花見客というほどに人が来るわけでもないし。いわゆる閑散期というタイミングだったおかげで、あの子もほとんど変装なしでいられた。
 
 宿に着き、女将に出迎えられて。通された部屋は、その温泉街とそびえる山とが一望できる場所。すぐ近くには川が流れていて、せせらぎも聞こえる。
「ひなびた、っていう感じだね」
「こういうとこがいいみたいだったからさ、音也は。ご飯もおいしいって、魚も肉もあるし。なにより、水がいいんだって」
「そっかぁ。楽しみだなぁ」
 二人から三人で使う和室。同じ部屋に泊まるのは、あの子の希望。やっぱりなんかあったな、これ。
「桜、きれいだね」
 窓から見える景色、山肌に新緑に混じって薄桃色。
「川沿いも、お散歩しながら見るといいって。ボクら住んでるあたりはもう終わっちゃったけど、この辺りは今がピークだって」
「なんだかうれしい、誕生日はいつも、桜は終わってたから」
「そうだね。窓辺にテーブルとチェアあるし、見ながらくつろぐのもできるね」
「うん」
 相変わらず天使力の高い笑顔で頷く、けれど。空元気ぽいなー、というのは、気づいてる。気づいてることを気づかせたくないから、気づいてないふりしてるけど。
 さて。“おねぇちゃん風”ビュンビュン吹かせる準備はできてるからね。
 いつでもカモーン!




 なんて。
 意気込んではいたんだけどな。
 あの子は普通に散歩花見を楽しんで、お土産屋さんではしゃいで、露天風呂(少し歩いて行ったところに、桜見ながら入れる大型露天風呂がある)でちょっとのぼせて。
 なんだか、いつも通りなんだけども。
 おかしいな、おねぇちゃん、そもそも勘違いしてたかな??
 夜、部屋に運ばれてきたお料理に目を輝かせて…イマココ。
 誕生日だっていうことを伝えてあったから、わざわざケーキも用意してくれた。オーソドックスな生クリームとイチゴの誕生日ケーキ。平仮名で書かれた、“おたんじょうびおめでとう おとやくん”に、年甲斐もなく大歓喜。
 …施設では、その月にお誕生日の子をまとめて祝うそうだから、一人だけっていうのがまだ珍しいらしい。
 もう、何年もたってるのに。
「うわぁ、すっげー嬉しい。どうしよう、幸せ」
「キミを祝ってる人は世界中にいるんだよ? ファンの子たち、自分でケーキ焼いたりして祝うんだから」
「うん。わかってる。それも合わせて幸せ。ねぇちゃんがいるって幸せ」
 ……うん、そうだね。
 みんなが知ってるわけじゃない。でも、ボクらは“きょうだい”だ。家族を亡くしたと話したボクに、『俺が海羽さんの弟になる』って言ってくれたのは、もうどのくらい前のことなんだろう。あれから、ボクらは“きょうだい”になった。二人だけの時は、ボクはあの子を名前で呼んで、あの子はボクをねぇちゃんと呼ぶ。
 そして、実は本当に身内なんだと知ったのはわりと最近の事。ボクとあの子の仲の良さに危機を感じたのかどうなのか、おじ貴がこっそり白状した“真実”に、世界が裏返るほどの衝撃を受けたのは記憶に新しい。ものすごく近い血縁じゃないけれど、この事実が明るみに出た場合、ボクらは同じ人を父と呼ぶわけだから、…行動は慎重に。まかり間違っても『いただきます』してはいけない。
 まぁ、ないと思うけど。ほんとに姉と弟って付き合い方だしね。
 ちなみにそのことは、あの子には絶対に言うなと言われている。言わないよ、自分が伝説のアイドルの子だと知ったら、あの子の世界なんかほんとに裏返っちゃうじゃないか。

 料理を運んでくれている仲居さんが、御銚子どうしますか、と訊いてきた。
「音也、お酒はどうする? ねぇちゃんは止めないから、自分でどのくらい飲むか決めなさいよ」
「あ、うん。飲んで平気」
 とりあえず二本、とお願いして。優しい笑顔で、妙齢の仲居さんは退室していく。
 和服美人、女将さんも美人だったしいい宿だな、ここ。
 …なんて、思っていたら。
「ねぇちゃん、仲居さんも女将さんも美人だからいい宿だとか思ったでしょ」
 ……なんでバレたし?


 御銚子の到着を待って、追加があったらベル鳴らして呼んでくれってことで仲居さんも帰っていく。
 いよいよ、二人きり。
 静かな部屋、テレビはつけない。
 御猪口に一杯目、お互いにお酌をして。
 向き合って座るボクらは、乾杯の内容を少し悩んでしまった。
「とりあえず、お誕生日おめでとう、音也」
「ありがとー」
 他に思いつかなかったから、まぁいいかってことで。
 かち、と小さく合わせた御猪口。そのまま一杯目をくいっと飲むのは二人とも。
 さてー、と食事に手を伸ばすあの子を見ながら、知らず笑みがこぼれてしまう。
 箸を持ったまま、あの子を観察していると。
「…あのさ、ねぇちゃん」
 すこし改まった口調で、あの子が言った。
「ん?」
「…付き合ってるの?」
 少し唐突なその疑問符は、すぐには理解できなかった。
 何と? 誰と?
 少し考えて、あぁ、と思い至る。
「まだ、そうと言い切るには微妙かな。なに、それが気になってたの?」
「ちょっと空気変わったなって、ついこないだ気づいたんだ。そのこと春歌に話したら、今頃気づいたのかって言われちゃって」
 うん、まぁ、わりと前から少々の変化はありましたよ。
「それから、ちょっとモヤっちゃってさ。ちゃんと話したいなって。できれば、みんなから離れたところで」
 それで、旅行だなんて言いだしたのか。
 目の前の料理に片っ端から箸をつけては、美味しい美味しい言ってるけれど、味わかってるかな。
「大好きな二人だから、そうなってくれるのは嬉しいんだけど、何て言うのか、…俺のねぇちゃんなのにって」
 ちょ。
 かっわいいこと言ってくれるなぁ、この弟は。
「盗られちゃうって思うとそれは嫌で、変な態度とっちゃいそうになる。仕事だし、仲間だから、そういうのダメってわかってるけど」
「それでも、ボクが音也のねぇちゃんだっていうのは、ずっとずっと変わらないよ?」
「わかってるよ。わかってるんだけど、なんか、…モヤる」
 そっか。モヤるか。
 くっそ、可愛いな。
「俺、ずっとねぇちゃんの味方だからね。なんかあったら、すぐ言って。浮気とか、仲間としては絶対ないって保証もしたいところだけど、もしかするかもしれないし。ねぇちゃん泣かすなら、俺も容赦しない」
「物騒だな。その時はねぇちゃんは自分でやるから大丈夫だよ」
 …うん。今、自分で言ってて『殺る』って変換だったな。
 あの子は苦笑して、
「ねぇちゃんのほうがよっぽど物騒」
「音也もそうだよ? 今は心配してないけど、もしもどこぞの悪い女に弄ばれたりとかしたら、ねぇちゃんに言いな。命は取らないにしても、社会的に抹殺してあげるから」
「こっわ!」
 怖いよ? 早乙女の名は伊達じゃないよ?
「お互いに、やりすぎ注意だね。けど、俺もねぇちゃんも…っていうか主にねぇちゃんの方がだけど、忙しいから、あんまり二人で会ったりっていうのはできないけど、困ったこととか、もちろんもっといいこととかも。ちゃんと共有していきたいんだ。全部赤裸々にってのはやっぱ難しいけど、きょうだいなのに、一番肝心な時に何もできなかったとかは、絶対嫌だ」
「うん」
 そうだね。ボクもそう思うよ。
 もう、何もできずに…できなかったことに泣くのは御免だ。
「じゃあ、音也。これから毎年、音也の誕生日は二人でこうして出かけようか。もちろん、キミの恋人がそれを許してくれるなら、ね」
「え、ほんと?」
「いずれ、二人だけでっていうのは難しくなるのかもしれないけど。当日じゃなくても、日をずらしてもいいから、二人で出かけて、音也の誕生日を祝おう。ボクを愛してくれる弟の、大切な日を祝いたい」
 ねっ、と笑顔をつけるけど。こりゃ敵わないや、と肩を竦めたくなるような、とびっきりのスマイルが返ってきた。
 あぁ、さすが。ボクのアイドルはほんとにアイドル過ぎて。
 愛しくてたまらないよ、音也。



 食事は完食。御銚子は三本でストップ。
 ほろ酔いの我が弟君は、ずっと上機嫌でいろいろな話をしてくれた。
 お皿を下げてもらって、布団は自分たちでするから大丈夫だよと仲居さんを下がらせる。
 その間、ずっと自分の曲歌ってたんだよね。おかげで、仲居さんたちにアイドルの一十木音也(本物)だってバレちゃって、誤魔化すのに苦労しちゃったよ。
「オト。音くん、布団敷いたから寝るならそっち」
「んー」
 そして、半分眠っちゃってるしね。
 ぼやんとした顔で、じっとボクを見てる。
「ほら、音也」
 行きなさい、と。促しかけた、ところで。
 がばっ、といった感じで、ボクに飛びついてきた。
 ちょっ、こら?!
 正面から抱きつかれて、衝撃でボクは後ろに倒れ込んでしまって。座ってたから、たいしたことなかったけど、頭打つかと思ったら、腕をクッションにして助けてくれた。
 …いやいや、それはそれ、これはこれ。
「こーら、音也?」
 弟に押し倒されるとか、ノンノンノン!
「ねぇちゃんさぁ。まだ、風呂入ってないよね?」
「は?う、うん」
 浴衣着てないから、バレたか。ボクが露出嫌いだから浴衣着ないって解釈して、何も言わないかと思ってたのに。わかった上で、黙ってたな。
「俺が、外の露天風呂入ってる間、ただ待ってたの?」
 …まさか、絡み酒じゃないだろうな、この子。
「お土産見たり、景色見たり写真に撮ったりしてたよ」
「入ればよかったのに」
 …キミは知ってるよね? ボクが人前でそれをしない理由。
「火傷にいいって、書いてあったよ…」
 え。
「外の風呂、いくつかあって、違う源泉のもあって。俺がここって言った所は、火傷に効くって書いてあったんだ…」
 ええ。
「選んで、くれたの?」
 ボクの体に残ってる、火傷の痕。痛むことはほとんどないけど、痛々しくはあるだろう。ただ肌の色が違ってしまっているだけならまだいいけれど。爛れたまま残ってしまった部分もあるから。
「ちょっとでも、良くなったらいいなって」
 <S>   </S>天使!!
 もちろん、今更そんな方法でどうにかなるものじゃないんだけど。
「ごめん、ごめん音也。ねぇちゃん、そんなのちっとも気づかなくて」
「んー、いいけどさ。この宿のお湯は、美肌効果ってなってたから、それでもいいかなって」
 言いながら。ゆっくりとボクから離れた。
 そして。
 起き上がろうとしたボクの、背中と膝裏に手を差し込むと、
「っえ?」
「一緒に入ろっか」
 そのまま、ひょいと持ち上げられてしまった。
 お姫様抱っこ、は、ともかくとして。
 今、なんつった?!
 この酔っぱらいは何を言ってくれた?!?!
「ちょっ、音也?!」
「部屋添えつけのだから、誰か他の人がくることないし。露天でもないから、誰かに見られたりもないよ」
「そうだけど! そうじゃないっ!」
 ボクを抱えたまま、案外しっかりした足取りで。すたすたと向かうのは、この部屋に添えつけの風呂場だ。
 昼間、出かける前に見て行った、かけ流しの浴槽は結構広くて、ボクら二人で入るくらいは全然余裕って感じだった。ヒノキのいい匂いもしたし。窓が大きくて、少し上の方につけてあって。夜だから景色とかは見えないだろうけど、朝風呂は気持ちいいだろうなって…思ったけどもちょっと待って!
 おろおろしている間に脱衣所に到着。丁寧に下ろされたボクは、とりあえず逃げようとしたけどダメだった。
「ねぇちゃん。おとなしくして」
「この歳のきょうだいはさすがに一緒に入らないでしょ!」
「いーじゃん。きょうだいだもん」
 待って待って、かみ合ってない、会話がかみ合ってないよ?!
「音也っ!」
 目の前の弟は、すっかり座った眼をして。ボクのシャツのボタンに手をかけている。やめさせようと腕を掴むけど、こんな時ばかり器用な指先がボクの抵抗を巧みに躱してボタンを外していくから忌々しい。ちょっと、どこでそんなの覚えたの?
「おと…」
「俺は知ってるじゃん。ねぇちゃんの肌がどうなってるって。ねぇちゃんが、とにかく必死に隠してるそれが、別に大したことじゃないってわかってほしいよ。ねぇちゃんはすごく綺麗で、俺の自慢なのに」
 そんな。
 全部知ってるわけじゃないじゃないか、キミはちらっと見たことがあるだけで。
「隠さなくていいよ、平気だよ。また、気持ち悪いとか言う奴いたら、俺がぶっとばしてやる」
 座っている目。でも、ただ酔った勢いで言ってやってしてるわけでもない。
 ボクのために、この子は。
 ボクが破れないでいる壁を。
 …あぁ、もう。
 もぅ…!
「わかった。音也、先に行ってて。髪上げたりしないといけないから」
 世の中の、成人男子弟を持つ姉のみなさん。ボクの選択は、倫理的にどーなんでしょう?



 タオル持って入ってもいいんだって、と。
 先に浴室に行ったあの子が言って。
 深い溜息と共にボクが浴室に入ったのは、ほんの数分後。
 あー、もー、いーのかなー。当事務所の人気赤丸急上昇アイドルのほぼ全裸が目の前にー。細いけど鍛えられている体は案外たくましく、そろそろ大人のお姉さん向け雑誌でメイクラブについて取材受けちゃったりしてもいいんじゃないかなって思う。
 ボクは一応、浴室で使ってください的に置かれていたタオルで体を隠しながら中へ。
 ほんとに…なんなの…
 そして、まぁ、…二人で浴槽につかっているのが現在なわけで。
 結構お酒入ってるあの子を風呂に入れていいんだろうかとか悩みはしたけど、本人は全く気にしてないし、泥酔って程でもないし。まぁ、いいにしておこう。
 それにしたって。
 並んで入ればいいのかと思ってたのに。
「ねぇちゃん、背ぇ高いからさー。肩によっかからせると溺れるんじゃないかって」
「なら、やめればいいんじゃないかな」
「よっかかってほしいじゃんー」
 ボクは今。『誕生日だから我儘言わせて』とかあざと可愛いおねだりをしてきた弟の要望により、彼を背もたれ代わりに寄り掛かっている。わかりやすく言うなら、後ろから抱きしめられる体勢で入浴中…待って、普通こういうのって、カップルがやることだよね?
 見られたくないと思うボクに配慮しての体勢だと言うのだけれど。うん、そうだね…とでも言うと思うか、このばかったれ。
「お湯がしみたりとかはしない?」
「もう、それはないよ。激しく動くと、皮膚が攣れることはあるけどね。脇腹の傷もそうだけど」
「そっか…脇腹の傷、このへん?」
「触らない!」
「心配してるんだよ」
 これ大丈夫なのかな、ほんっとに大丈夫なのかな!
「やっぱ、見えると痛そうだし。痛くないってねぇちゃん言うけどさ」
「もう、何年も前だからね。痕が残ってるってだけで」
「それでも、火傷もこんなにたくさんだと、…痛そう」
 言いながら。ぎゅ、と腕に力から籠る。
「俺は絶対、ねぇちゃんをそんな目に遭わせないよ」
 さすがのボクでも、二度目はちょっと。いかな理由があろうとも、全力で回避といきたいですよ? キミがそんなに深刻がらなくてもね。
 けど、その気持ちがとても嬉しいから。
「ありがとう、音也。でも、ねぇちゃんとしてもキミを危険な目に遭わせたくないから、危ないことしないでっていう約束してね」
「ねぇちゃんもだよ」
「…うん」
 かけ流しのお湯が、ちゃぱちゃぱと音を立てる。それ以外は本当に静かな空間に、ボクらの声が響く。
 これが、きょうだいの契りなんかない男女二人なら、とっくに突入してるんだろうけど。
 背後の弟は、ちゃんといい子で弟だ。
 …と、思ってたんだけど。
「あー、なんかだめだ、やっぱモヤる! ねぇちゃんとこうしてていいのは俺だけ! これ、弟の特権! 仲間でも、他の男がねぇちゃんに触るとか許せないっ」
 とか叫びだすし。
「ちょ、音也! 大きな声出さない、他の部屋の人に聞こえたらびっくりされる!」
 もちろん、こういう場所だから、プライバシーも考えてそれなりの防音効果はあるんだろうけど。野外ならともかく。
「やだよぉ、俺のねぇちゃんなのにぃぃぃ」
 ……。もしかしなくても、結構しっかり酔っぱらってるね? この子は。
「もー。音也、そろそろ出よう? またのぼせる」
「離れるのやだ」
「可愛いこと言ってないで」
「可愛いはやだ、カッコイイって言って」
「要・努力です」
 アイドルの仕事してるときは、カッコイイときもなくはないけど。今はほんとに、ただの困ったチャンだよ。
「音也!」
 離れないどころかぎゅうぎゅう抱きしめてくるし、苦しいの通り越して痛くなってきてるし。慕ってくれるの嬉しいけど、ここまでくるとちょっとうっとぉし…
「海羽さんは、」
 不意に、あの子の声がやたらと真剣みを帯びた。今までもそんなヘラヘラはしてなかったけど。もっとずっと、…なんて言うのか、
「海羽さんは、俺が『弟になる』って言いださなかったら、俺のこと、一人の男として見てくれてた…?」
 そう。“男”の声に、なったんだ。
 瞬間、背中がぞわりと寒くなった。
 認識が変わる、スイッチが入りそうになる。
「おと、や」
 だめだよ、このスイッチが切り替わったら、ボクはキミと居られなくなる。
 せっかくの誕生日に、これからの約束もしたのに、全部台無しになってしまう。
 背後の彼は黙り込んで、それはボクの回答を待ってるからかなって思いつつもボクは何も返せなくて。
 どうしようってぐるぐるしてたら、
「…なーんて、ちょっとはかっこよかった?」
 とかという、オチ的なセリフが降ってきた。
 かちーん。
「びっくりした? ドキドキしちゃっ」
「沈んでろ、このばかっちょが!」
 渾身の力で腕を振りほどくと、滑ったのか案外簡単に外れたから。ボクは素早く動いてあの子から離れると、あの子の頭を湯船に押し込んだ。
 ごぼっと水面が泡立つ。そのまま、ボクは湯船から出た。
 脱衣所へ出て、ピシャンとドアを閉める。向こう側から水音と激しくむせる咳とが聞こえてきたけど…知らない知らない、あんなばか弟のことなんか知らない。
 海羽さんひどい、とかなんとかも聞こえてきたけど。
 一瞬沈めただけに止めたんだから、ありがたいと思え。





「ごめんなさい」
 つーん。
「ごめんなさい」
 つーん。
「ごめんなさい」
 つーん。
 布団の上に正座して、しょげ返るあの子を。ボクは、完全無視のままで寝る支度をしている。
 もう、何度ゴメンナサイを聞いただろう。
「ねーっ、許してってばぁ」
 つーん。
「別に、どこも触ったりとかしなかったじゃないか」
「当たり前です!」
 そんなんされてたら、一瞬沈めるどころじゃない。
「触り甲斐はあるだろうけど。海羽さん、おっぱいでかいし」
「一言多いっ」
 思わず、手に持っていた櫛を投げつけそうになって。それはなんとか思いとどまる。怪我させたら大変だ、アイドルなんだから。
「…触っちゃったら、止まれない気もしてたし」
 さらに多い!!!
 っていうか、え?
「きょうだいだけど、きょうだいじゃないし。もしも“そう”なっちゃっても、それはそれでナシではないよなぁって、結構前から考えてた。モヤるのも、ねぇちゃんだから…なのか、俺の中に海羽さんをねぇちゃんだと思いたくない部分があるから、なのかがわかんないなって。だから、旅行に行くっていうのは、その辺をはっきりさせるってことでも、いい案かなって思ったんだ」
 いや、きょうだいですよ、ボクらは…。ボクが戸籍上父親としている人の実の息子ですよキミは!
 言いそうになって、堪える。堪えるけど、ここでもうバラしてしまえばそれで一件落着になる気がする。くっ、おじ貴め…
「海羽さん的には、俺はナシ?」
 それを、答えろと。
 この状況で、その問いに答えろと言うか、この弟は。
 さすがに溜息しか出なくて。
 正座したまま答えを待ってるあの子の、目の前に。向き合って、ボクも座って。膝小僧がつくくらいのその近距離、何かを期待する目をしたあの子に、
「ばか」
 思い切り、デコピンをした。
「いたっ!」
 きゃん、とばかりに身をすくめて、少し飛び上がって。弾かれた額を掌で押さえている。
「そういう下心のある子は、ねぇちゃんもう知りません」
「えー、ひどいよー。俺、誕生日なのに」
「だから、旅行に来たでしょうが」
「そうだけど…」
「来年もその次もその次も、一緒に出掛けるんでしょ」
「うん、それは、うん。でも、」
 言いかけて。あの子は、考え込むように口を閉じて俯いた。
 少し待つと、
「…俺は、ねぇちゃんの恋人には、なれない?」
 これは、問いかけというよりは確認だと思った。
 名前で呼ばなくなってる。風呂場での一件から、わざと呼び換えていたのだろうに。
 そうだよ、音也。
 キミが言いださなかったら、とか言うのは、関係ないんだ。
 ボクらは、もっと前から、“ファミリー”なんだよ。
「ボクは、キミのねぇちゃんだから」
 本物の、ね。

 納得したのか諦めたのか。
 わかった、と笑顔で頷いたあの子は、どこか晴れ晴れとしていた。
 でも、『弟ならいいよねっ』と言いながら布団をくっつけて、ボクらもぴったりくっついて眠るっていうのは…本当にいいんだろうかどうなんだろうか。
 布団に入ったら五秒で大の字、と聞いていたけれど、寝付くまでには結構時間がかかった。ずっと、話をしていた。聞かせてくれた、かな。内容のほとんどが、『モヤる』原因の人のことだったから。
 でもやっぱりモヤるものはモヤるらしい。しばらくはごめん、なんて言ってたけど。
 これ、この子にちゃんと彼女ができたら、ボクも姉としてモヤっといた方がいいのかな(笑)
「そうだ…ねぇちゃんの誕生日っていつなの? 俺の時は旅行して、ねぇちゃんの時は俺がなんか用意する」
 そろそろ寝落ちるかなぁ、という、うとうとしてる頃合いで。あの子が訊いてきた。
 …本当は黙ってたかったけど、きょうだいだしなぁ。
「っていうか、誰かねぇちゃんの誕生日知ってる人っているの? 先生たちとかは抜いて」
 俺の仲間で、と。つまりは、学生の頃からデビューしてもつるんでる連中の中で、ってことか。んー、まぁ、いなくもない。
 正直に答えたら、うーっ、という唸り声。あ、拗ねてる。
「でも、日まで知ってるのは多分一人だよ。なんて言うのか、連鎖的に知れてしまった感じで。こっちから、具体的に日を言ったわけじゃない」
「それでもやだぁ」
 この子は。
「じゃあ、ねぇちゃんの口から、日まで教えるのは俺だけね。ねっ」
 まったく、この子は。
「はいはい。じゃあ、その日は、一緒にお墓参り行こうね」
 きょとんとしたのが、空気でわかった。部屋の照明はもう落としてあるからぼんやりと相手の輪郭がわかる程度の明るさしかない。こんな中でも、この子の様子はとにかくわかりやすい。
「お墓…?」
「ボクのお父さんとお母さんと、弟…キミじゃない、実の弟のお墓だよ。ボクの誕生日は家族の命日で、祝うには少し、難アリな日だから」
「そ、うなの?! ごめんなさい、俺、…っ、軽率だった…」
「さて、その肝心のお日取りですが」
 ボクが言った、誕生日の日付を。あの子は五回繰り返し呟いて、覚えたよ、と言った。
 絶対忘れないから、絶対一緒にいようね、と。
 ……なんだろ。この子のお祝いのために旅行来たりとかしたのに、幸せなのはボクの方っぽいし。
 そりゃあ、思いがけずにスレスレなこともたくさんありましたけれども。
 今もこうして、すりすりと懐いてくるこの状況が、セーフなのかアウトなのかまったくわからないのが怖いところではあるけれども。
 ボクらはきょうだいで、誕生日くらいはベッタベタに甘やかすのも、たぶんそう悪いことではないのだろうな、ということで自己完結自己納得余所は余所うちはうち。


 キミのおかげでボクは、一人きり残されて寂しいと思わずに済んでるよ。
 生まれていてくれてありがとう、音也。
 




<HR>
2015.april
Otoya, Happy Birthday.







【あとがき】

海羽さん、アウトー(笑)

2015年度は、できる限り全員書こう、というわけで。
まずは4月の音也から。
本編では、まだ直接海羽との絡みのない彼ですが、絡ませ方というかどういうポジションかは初めからはっきりしているので、わりと書きやすかったです。
一番悩んだのは、“絶対に一線は越えられないが、その理由を音也に言ってもいけない”点。
いかにうまいこと丸め込むのかというところでした。
…でもこれ、丸め込めてないよね?
むしろ音也、『このままの方がくっついてても怒られないし』とか思ってるよね?
弟(年下)に甘いねぇちゃんの弱点をうまいこと利用してるだけだよね…?

海羽さんごめんなさい(土下座)

ちなみに、作中で音也が言っている『付き合ってるの?』の相手は内緒です。レインボーちゃんたちの誰でも大丈夫なように書きましたけれど。


わーっと一気に書いて、なんとかなったけど、シチュエーションことごとく活かせてないとかほんっとにしょんない…。
それでも読んでくださった方、ありがとうございました☆