<span style="color:#cc0000">*このお話は、本編には含まれません。本編とは別物としてお楽しみください*</span>


Ex.『The birthday present of lateness 〜Syo side〜』



 休日。
 海羽の持っている、“日向龍也秘蔵DVD”を鑑賞するため、翔は午前中から彼女の部屋を訪れていた。
「…いいのかな、こんな舞台裏まで」
 独自編集だと言うそれは、OAされているものから個人練習風景まで、身内ならでわな内容だ。
「龍也はいいって言ったもの。翔に見せることも、ちゃんと許可取った。『参考になりゃいいがなぁ』なんて言ってたけど」
「なるなる! すっげーなる!」
 龍也は今は役者業がメインのため、歌っているところはほとんどないが、演技の勉強には十分すぎるほどの教材だ。
 個人練習パートは、ほぼカメラは固定。台本を片手にセリフの言い回しを考えたりしている様子が映っている。
 そんな中に、時折海羽の姿がある。
「…お前、演技上手いよなぁ…」
 相手役が必要なシーンに、掛け合いの練習役として参加する彼女は、本業が作曲家だということを忘れそうなほど自然な演技をして見せる。
 海羽は、そう? と首を傾げ、
「龍也や林檎のに、結構付き合ってるからね。大根ではないと思いたいけど」
「これが大根だったら、世の若手女優の半分は絶望だろ」
 役柄に合わせて、仕草や雰囲気をがらりと変えていく。一人何役でもこなせそうだ。
「…俺のときも、お願いしたらやってくれる?」
「ん? 秘蔵DVDづくり?」
「ちっげーよ。いや、それも嬉しいけど。演技の練習の方」
「あぁ、そんなのお安い御用だよ。まぁ、スケジュール次第だろうけど、可能な限り付き合うよ」
 簡単に返事をくれる、それが。自分にだけならいいのになと、思考の片隅で呟く。
 こうして休日に、同じ部屋で。並んでソファに座って、テレビを見たり。
 いつか、そんなこともできなくなったりするのかなと、ふと考えてしまう。
 仕事が忙しくて、ならまだしも。
 彼女の隣に、別の誰かがいるようになって…だったら、自分はどうするんだろう。
「……」
 他ごとを考え始めてしまった翔は、だんだんと上の空で。けれど、目だけは画面の中を追っていた。見ているのは、主役ではない。練習の時にだけ現れる、女優。
 役柄は様々。同僚、妹、敵。何をやらせてもピタリと合わせてくるその女優が、ある役柄を演じる時…翔の胸は、強い痛みを訴える。
「…テ」
 つい、心臓あたりを押さえてしまう。物理的に痛いのではない。これは、“切ない”という感情だ。
 龍也の恋人役を演じる海羽が、一番自然に見えた。役柄が海羽の素に近いキャラクターなせいもあるのかもしれないが、…演じているように見えなかった。
 画面の中。台本通りなのだろうセリフを紡ぎ合いながら、ふれあう二人を見て。
「…お前、こういうの平気?」
 なんとなく問いかければ、彼女は不思議そうにしながら頷く。
「だって、ちゃんとできなきゃお稽古にならないでしょ」
 ごもっともだ。
 その場面を録画して、その上他人に見せても動じないわけだから、“平気”なのだろう。
 そう、これは芝居。
 作り物の現実。
 …でも。
「誰が相手でも?」
 その疑問符が零れ落ちて、一拍後。翔は、しまった、と思った。
 余計なひと言だったと、今更思うがもちろん撤回などできるはずもない。
 そろりと海羽を窺うと、
「なんだろ。不貞を疑われるってこんな気分かな」
 不機嫌そうに、翔を睨んでいるその眼とはち会う。
「誰でもって。なにそれ。ボクはどんな人間だと思われてるんだろ」
 むぅっと口を尖らせて、海羽はテーブルの上のリモコンを取ると、再生を止めてしまった。
「あっ、ちょ」
「ヘンなこと言う人にはもう見せません」
「えぇ?!」
「これ、ほんとは翔にあげようと思ってたんだけど。もういいよね。見たしね」
「ちょっと、海羽!」
「まぁ、どうせ誕生日にも間に合ってないわけだし」
「そりゃ全然間に合ってねぇ、って待て待て待て!」
 リモコンでトレーを出して、片付けようと立ち上がりかけた彼女の。その腕を、とっさに掴んで引っ張ると、その力が強すぎたのか、彼女はバランスを崩して。
「っ、わぁ!」
 ぐらりと傾いた体を、足が支えきれずに。そのまま、翔の体にぶつかるように重なった。
「っ、翔、ごめんっ」
 どっ、という衝撃は、決して軽いものではなかったはずだ。海羽は慌てて体を起こそうとするが、
「バーカ。俺がしたことでお前が謝んな。こっちが謝るタイミングなくなるだろうが。ぶつけたりは?」
 そのまま、翔の腕が海羽の肩を抱きこんで。
「してない…でも、翔の方が痛かったんじゃ」
「痛くない」
「重いよね?」
「重くない。退かなくていいよ」
「…翔?」
 どうしたのだろう。気になるが、今海羽の顔は翔の胸辺りにあって、表情を窺うことができない。
 聞こえるのは、いつもよりだいぶ早い翔の心臓の音。
 よくわからないが、とりあえずここで暴れるのは違う気がするので、海羽はおとなしくそのままでいた。


 さて、この状況になったのは事故に便乗したわけだが。
 思った以上に抵抗されなくて、逆にどうしたものかと考えてしまう。
「…あのさ」
 言いかけると、胸の上の彼女がぴくんと動く。まるで、犬か猫かをのせているような感じだ。
「さっきの、さ。言い方悪くてごめん。別に、お前が気安くてとか、そういうことじゃなくてさ」
 声音は落ち着けていても、心拍までは制御できない。ばっちり聞かれているだろうな、と思いつつ。
「俺が相手でも、あんな風にしてくれるのかなって、思っただけで」
 言ってから、翔は自分の中の違和感に気づいた。思ったままを言ったつもりだったが、何か違っている。
「お稽古は、引き受けるよ? そう言ったじゃない」
「あぁ、うん。そうなん、だけど」
 そうじゃなくて。
 稽古もそうなんだけど。
 そうじゃなくて。
 もっと、…どういうことなんだろう。
「…お前さ。もし俺が、演技でなくてお前と、あんな風に…触れ合ったり、…キスしたりしたいって言ったら、どうする?」
 こういうことなのか。
 海羽は、え、と呟いて。翔を窺おうとするが、彼の腕がしっかりと彼女の肩を抱いていて、体勢を変えられない。
「ど、うって」
 明らかにうろたえている海羽の様子は、セリフからも触れている部分からも伝わってくる。
「俺がそういうこと言うの、意外?」
「う、うん」
「…だよなぁ…」
 妙に納得してしまう。わかっているのだ、海羽にとって自分が“対象外”であることは。
 今みたいに抱き寄せていても彼女が抵抗の一つもしないのは、それだけの信頼を得ているということであり、つまりは“異性”ではない。それを承知で、兄であり弟でありなポジションにいることを良しとしたのは、他ならない翔自身。
「まぁ、翔がしたいって言うなら、ボクは別にかまわないけど」
 他の奴なら断固拒否のくせに。
 翔は苦笑して、
「軽々しく言うなよ。それに、…俺が思ってるのとお前がいいよって言うそれは、ちょっと違う」
「違うの?」
「うん」
 改めて考えると、やはり少し複雑だ。海羽がくれるのは、家族にするハグとキスだろう。自分が彼女にとって特別なのだと思えは嬉しくもあるが、翔が心の奥で望んでいるのはそういうことじゃない。
 
「…翔?」
 不意に、下から海羽が呼ぶ。なに、と返すと、少し間があいてから、
「翔が欲しいキスって、どんなの?」
 それを訊くのかよ、と即ツッコミを入れたくなる疑問符だ。
「お前なぁ…」
 いよいよ、声を装うのも限界だろう。
 この動揺と緊張は、どうしようもない。
 翔は深く溜息をついた。
 …なら、もういっそのこと。
「じゃあ、海羽。俺が欲しいと思う、したいと思うキスをしてもいいか? お前がどんな想像してるかはわかんねーし、嫌がっても俺が満足するまでやめねーけど」
 言いながら、翔は体をずらす。海羽が状況を把握する前に、彼女をソファに仰向けに倒した。
「しょ、う?」
 案の定な、呆け顔。危機感のなさもさることながら、これで二十歳過ぎてるってホントだろうかと疑いたくなるような可愛さ加減。いつもの、男前な“海羽様”はどこに行ってしまうのだろう。
 けれど、これが素だということは、翔ももう知っている。
「さっきお前、誕生日がどうのって言ったろ。日向先生のDVDも嬉しいけど、こっちの方がもっと欲しい」
 もちろん、翔の誕生日はとっくに過ぎていて、プレゼントという名目でせしめるには今更過ぎるというのもわかっている。
「…逃げねーの?」
 組み敷いて、ごく近くで問いかける。抑えて喋っても吐息がかかるその距離で、海羽は、
「逃げないよ。だって、翔だもん」
 そんなことを言ったものだから。
 頭にはカチンときて、心臓はドクンと鳴って。
「おっま…なんなのそれ、俺だから何されてもいいの? それとも、どうせ何もできないとか思われてるの?」
 怒っているのか、笑っているのか。感情ごちゃまぜの複雑な表情の翔を、見て。
「半分ずつ、かな」
 そう言って笑んだ海羽の、その表情はどこか挑発的ですらあり。これは無意識ではないのだろうと、翔にもわかる。
 こんな風に煽られたら、もう冗談でしたともごめんなさいとも言えない。もちろん、そんなつもりもないが。
「…後悔すんなよ」
 その一言は、はたしてどちらのための言葉だったろう。
 彼女の返事は聞かずに、距離を詰める。
「海羽」
 唇が触れるギリギリのところで名前を呼んだ。
 意味などなかった、ただ呼びたかったからそうしただけだったのに。
 海羽は、両腕を翔の首に回した。
 <S>    </S>早く。
 そう言われているような気がして。
 翔は、意識が(あるいは理性が)焼き切れるほどの熱を、脳内に感じた。
 くらり、目の前が霞む。
 今なら止まれる、かもしれない…そう思ってはいた。けれど。
 止まるわけがない。

 “タガが外れるっていうのは、こういう感じなのか”
 …そんなことを、思考のどこかで冷静に呟くころにはもう、声も呼吸も奪い取って、ただ思うままに彼女の唇を貪っていた。

 小さくくぐもった声が漏れるたびに、そんな些細なものさえ自分のものにしたいという欲が動く。
 彼女の受け方には、慣れを感じた。それが悔しい。だから余計に、何もかもをと思った。
 もう、誰にも。
 それが叶いはしないとわかっているからこそ、今だけでも悪あがきをしたかった。
 思いついたことを実行しようと、彼女のシャツの襟に指をかける。人前では絶対に開けない襟元のボタンを外そうとすると、あからさまに彼女が震えた。
「っ、しょ、…っ!」
「すぐ、終わるから」
 上から二つまで外して、開いた首筋に唇を寄せる。
 ちゅ、と。強く吸い上げると、白いそこに紅い印が刻まれた。
 それを見確かめて、翔は浅く笑むと、
「海羽、いつも襟の高いシャツ着るし。ちゃんと隠れるから」
 ボタンを留めなおす。
 見下ろした海羽は“なにやってんの?!”という表情で。
 少し潤んだ瞳と、唾液で濡れた唇。上気した頬。
「…足し算じゃなくて、掛け算だな…」
 呟いて、翔は彼女の唇を指で拭ってやると、上から退いた。
「起きれるか?」
 手を引いて、体を起こしてやる。
「平気…」
 そうは言ったものの、海羽はそのまま翔にもたれかかる。手が、襟元を掴んでいた。
「…つけられたのが嫌?」
 ほんとに見えないよ、と言う翔に、
「開けられたのが嫌」
 そんな返答をして。
 そっちかよ、と翔は苦笑する。海羽の露出嫌いは、相当徹底しているようだ。
「肌、見られたくない」
「ついたかの確認しかしてないから」
「……それでも、イヤ」
 翔は溜息をつく。真夏でもボタンをきっちりしめて長袖長ズボンで防御するぐらいだ、日焼けしたくないとかそんな理由ではないとは思っているが…ここまで嫌がっているものを、理由を訊くのも躊躇する。
 だから、
「ごめんな」
 そう言いながら、ぎゅっと抱きしめた。
「なんか、残したかったんだ。でも、見せびらかしたいわけじゃないから」
 頭を撫でると、肩先に額を摺り寄せてくる。その仕草にまた、落ち着きかけていた心臓が跳ねる。
「…海羽さ。なんでそんな可愛いの」
「知らないよ。可愛くないよ」
 拗ねたような口調の抗議が、追い打ちをかける。
「あんま可愛いと、キス以上もしたくなるから勘弁してくれ」
「…それは、さすがに」
 ぼそ、と海羽が返してくる。
「つか、よく止まったなと自分で自分誉めたいぐらいだ」
 それは心底本音だった。自分の理性ブレーキがこうも高性能だとは思ってもみなかった。“足し算じゃなくて掛け算”な彼女の有り様を見て、劣情を刺激されながらも理性が押し切ったのだから。
 もっとも、
「…翔が止まらないなら、ボクが止めてるから」
 海羽のブレーキのほうが更に性能は上なのかもしれないが。
 翔はまた苦笑して、
「そか。…止めなくていいって、お前が思ってくれるようになるまでは、俺が努力するよ」
 そう言ってから、あ、と思いだす。
「やっべ、肝心なこと言ってないや」
「…?」
 海羽を抱きしめていた腕をほどいて、代わりに彼女の肩に手を置いて。できた距離に、二人の視線が交差する。

「好きだ、海羽。愛してる」

 セリフの、一拍後。
 翔は耳まで真っ赤になって俯き、海羽はくすくすと笑って肩を揺らした。
「おっまえ、笑うなよ」
「だって翔…順番おかしい」
「わかってるよ!」
 わかってるから、いろいろ恥ずかしくてたまらないわけで。
「なんか、言ったような気になってたんだよ」
「誰かと間違ってるんじゃない?」
「っはぁ?! んなわけねーだろ、お前以外の誰に…っ」
 また、海羽がさも可笑しそうに笑う。
「おまっ、からかってるな?!」
「やだな。そんなわけないでしょ」
「じゃあ、笑うな」
「…はい」
 顔を上げた海羽は、微笑んでいる、という程度の笑顔になっていた。楽しそう、というよりは嬉しそうに見えるその表情に、翔も自然と笑みがこぼれる
「…ねぇ、翔。確かに遅ればせもいいとこなんだけど、誕生日プレゼント、ほんとうにあれでいいの?」
「んー?」
 額同士をつけて、また距離が近くなる。
「今は、なー」
「なに、それ」
「したかったこと出来たし、ひとまず満足ってこと。次の誕生日は、ちゃんと当日に、…がいいけど」
 重なるだけのキスをして。
「…でも、形に残らないし」
「はぁ? 残ってるじゃん。こんな近くにお前がいて、キスができて。すっげーいいもんもらったと思ってるけど?」
 言葉が進むにつれ、海羽の顔がじわじわと赤くなっていく。最後に、窺うように目を覗き込むと、
「そんな、こと…ない」
 視線も合わせられないほど動揺しているのがわかった。
「俺がいいっつってんだからいいんだよ。お前ってほんと、自分が嫌いなのな。まぁ、そうやってぐずってんのもなんか可愛いけど」
「…ぐずってる…」
 むぅ、と不機嫌な顔をして。海羽は、翔の頬をむにっとつねった。
「イテっ」
「ぐずってない」
 そう言って、ふいと翔から離れてソファから立ち上がる。
「え、どこ行くの」
「どこって…そろそろお昼ご飯作ろうと思って」
 時計見たら、とそっけなく。確かに、見やった時計の針は、翔が思っていたよりずっと先の時刻を示している。
「え、作ってくれるの? うっわ、なに今日いいこと尽くし」
「…人生終わるんじゃない? 儚いね」
 少々毒のあるセリフを言って、海羽はオーディオのリモコンを取ると、それを翔に渡した。
「見ながら待ってれば」
 またそっけなく言って、さっさとキッチンのほうに行ってしまう。
 けれど、そんな彼女の顔がまだ赤いのは、しっかり見てしまった事実で。
「はーい」
 なんて返しつつ、自分も妙な照れが込み上げる。

 くっそ、可愛いな。

 声に出さず呟いて、空を仰ぐ代わりに天井を仰いだ。
 次の誕生日の頃には、もう少し違う関係になっているといいなと思いながら、DVDの続きを再生する。
 同じシーンを見ても、一度目ほどに“羨ましい”なんて思っていない自分に気づいて、翔は苦笑した。
 



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